お
金がいくら
高くても、うまいものを
買う
人のたくさんいる
東京へ、あのおじいさんのとったなまずや、
寒ぶなは、この
遠い
北の八
郎潟から
送られてきたふなのように、
送られたのではないだろうかと、おかねは
考えました。
「
奥さま、どうして、
東京の
人は、
高いお
金を
出して、めずらしい、うまいものを
食べるんでしょうか。」と、おかねは、ききました。
「おまえ、それは、
都と
田舎とは、いっしょにならないよ。
東京の
人は、
口がおごっているから。しかし、このごろは、
田舎も、だんだん
東京と
同じになってきたという
話だよ。」と、
奥さまは、おっしゃいました。
しかし、おかねは、
自分の
生まれた
村は、
昔とかわらないと
思っていました。
「
奥さま、そんなことをすると、
私どもには、
罰があたります。」と
答えた。
「ほほほ。」と、
奥さまは、
笑われました。
いろいろ
外国からきた、びんにはいったよい
酒のならべてあるところへきて、
奥さまは、
青い
色の
酒をお
買いになりました。
「
奥さま、お
酒をめしあがるのでございますか?」と、おかねは、ききました。
「これは、
甘いお
酒なのよ。」
ほんとうに、
家へ
帰ると、かわいらしいグラスのコップについで、
奥さまは、
青いお
酒をめしあがりました。
「おかね、おまえも一
杯飲んでごらん。」といわれたので、おかねは、びっくりして、
「
私は、まだ、お
酒を
口にいれたことがありません。」と、
辞退しました。
「いいえ、このお
酒は、けっして、
毒にはならないの。そして、それを
飲むと、なにかしらん、
昔のことを
思い
出すから……。」と、
奥さまは、おっしゃいました。
「
奥さま、
昔のことといいますと……。」と、おかねは、なんとなく、なつかしいような
不思議な
気がしたのです。
「そうなの、
忘れてしまったことを
思い
出すのだよ。」
おかねは、そういわれると、
飲んでみたくなりました。
「すこしばかり、いただきます。」といいました。
青い
夕空のように、
淡いかなしみをたたえたお
酒が、
小さなコップにつがれました。おかねは、それに、くちびるをつけると、
甘くて
酒という
感じはしませんでした。これなら、もっと
飲めるように
思いましたが、やはりそれは、
酒でありました。いつしか、いい
心地となったのであります。
しばらくすると、
胸の
中が
熱くなりました。そして、おかねは、
飲むのでなかったと
思いました。
「
忘れてしまった、
昔のことって、いつ、
思い
出すのだろう?
奥さまは、
私をおだましになったのかもしれない。」と
思って、
床につきました。
* * * * *
弥吉じいさんの
孫に、
新吉という
少年がありました。おかねとは
仲よしでありました。
新吉には
両親がなく、おじいさんに
育てられたのであります。
ある
日、
二人は、
草原の
上で
遊んでいました。すると、
新吉は、ぼんやりと
立って、あちらの
高い
山の
方を
見ていましたが、
急に、しくしくと
泣き
出しました。おかねは、
驚いて、
「どうしたの?
新ちゃん。なぜ、
泣くの……。」と、たずねました。
新吉は、だまって、
両手で
自分の
目をこすって、
涙をふきました。
「どうしたの?
新ちゃん。」と、おかねは、かさねて、たずねました。けれど、
新吉は、さびしそうな
顔つきをして、だまっていました。そして、いまのことは、すぐに
忘れてしまって、
二人はそれから、おもしろそうに
遊んだのであります。
新吉は、九つのとき、ほんの一
夜、
病気になって
臥たばかりで
死んでしまいました。
弥吉じいさんの、
歎きは
一通りでありません。その
後、おじいさんは、さびしい、
頼りない
生活を
送らなければなりませんでした。おじいさんは、
孫の
新吉と
仲よしであった、おかねをいつまでもかわいがってくれました。
いつのまにか、おかねは、
床の
中で、
忘れていた
昔のことを
思い
出していました。すると、
急に、
昔がなつかしく、ふるさとが
恋しくなって、
床の
中ですすり
泣きをしました。そのうちに、
眠入ってしまったのです。
眠りがさめると、いいお
天気でありました。おかねは、もう
昨日のことは
忘れて、せっせと
働きました。
夏の
日は、はやくから
庭さきに
当たって、まつばぼたんの
花が、
黄・
紅・
白、いろいろに
美しく
燃えるように
咲いていました。
「まあ、きれいだこと。」と、
見とれていると、
小ばちが、
羽を
鳴らして、
花の
上を
飛んでいます。そこへ、
奥さまは、お
見えになって、
笑いながら、
「おかねは、
昨夜、なにか、
夢を
見たね?」と、おっしゃいました。
おかねは、
頭をかしげましたが、
思い
出すことができません。しかたなく、
下を
向いて
笑っていました。
「
怖ろしい
夢でも
見たのか、
大きな
声を
出してよ。」と、
奥さまはいわれました。
おかねは、
久しぶりに、
子供の
時分のことを
床にはいってから
思い
出したことだけはわかりました。けれど、そのほかのことは、わかりませんでした。
彼女は、また、はればれとした
顔をして、おもしろそうに、
仕事をつづけました。
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