三
「チョット、チョット。」と、
時計は、よっちゃんが、
昼眠をして
目をさますと、
頭の
上でいつものごとく
呼びかけました。よっちゃんは、そのたびに、びっくりして、ぱっちりとした
目で、一
度は、きっと
時計の
円い
顔をながめましたが、
黒い、
長い
針を
見ると、お
菓子のほしいときにも、
意地悪をして、なかなか
早くは
動いてくれないことを
思って、もうその
顔を
見たくもなかったのでした。しかし、よっちゃんの
力では、その
長い
針をどうすることもできなかったのです。なぜなら、
時計の
円い
白い
顔の
上には、
厚い、ぴかぴかと
光るガラスが
張られていたからです。あるとき、よっちゃんは、お
母さんが
針仕事をしていなさるそばであそんでいました。お
母さんは、よっちゃんの
美しい
着物を
縫っていられました。このとき、よっちゃんは、お
母さんの
物差しを
持って、
茶だんすの
前にゆきました。そして、
物差しで、こつ、こつと
時計の
顔をたたきました。
「あ、よっちゃん、そんなことをしては、いけません。」と、お
母さんはいわれました。しかし、よっちゃんは、すぐには、やめませんでした。なぜなら、
時計の
円い、
白い
顔がしゃくにさわったからです。つづけて、こつ、こつたたきました。「これ、よっちゃん、およしなさい。」と、お
母さんはしかって、
物差しを
取りあげてしまいました。
四
おとなりのみいちゃんがあそびにきて、よっちゃんは、
二人で、
座敷で、
青いはとぽっぽや、
赤い
汽車のおもちゃなどを
出して、
仲よくあそんでいました。よっちゃんは、
汽車のことを、チイタッタといっていました。チイタッタといって、
汽車が
線路の
上を
走ってゆくからです。ちょうどこのときでした。ぐらぐらと
家が
揺れはじめました。よっちゃんもみいちゃんも、なんだろうと
思って、びっくりしました。そのうちに、ガラス
戸が、ガタ、ガタ、
鳴り、
障子がはずれかかりました。「
大きな
地震だ!」といって、あちらからおかあさんが
駈けてきて、
片手によっちゃん、
片手にみいちゃんをだいて
逃げ
出しました。すると、たなの
上にあったものが、ガラガラと
鳴って、
落ちてきました。お
勝手の
方ではもののこわれる
音やころがる
音などがして、
大騒ぎでありました。
外へ
出ると、あっちの
屋根からも、こちらの
屋根からも、かわらが
落ちてきました。しかし、みんなは、
安全に、
広場へ
逃げてまいりました。そこへは、みいちゃんのお
姉さんも、お
母さんもきあわせました。よっちゃんは、おそろしかったこともわすれて、あたりがにぎやかなので、よろこんでいました。
五
だんだん
地震も
静まった
時分、みんなはめいめいの
家へはいりました。よっちゃんも
家へはいって
内の
有り
様を
見てびっくりしました。
壁が
落ちたり、
茶だんすの
上にあったものが
落ちてこわれたり、ころがったりしていたからです。
円い、
白い
顔の
時計も、たたみの
上へ、ひっくりかえっていて、ガラスが
微塵に
破れていました。「まあ、まあ……。」といって、お
母さんは
時計を
取り
上げて、
茶だんすの
上へのせられました。よっちゃんは、ガラスのなくなった
時計を、だまってめずらしそうにながめていました。しかし
黒い、
長い
針は、もとのように、ついていました。その
日から
時計の
針は
前のごとく、
動きはじめました。よっちゃんは、
当座は、いままでのように、おちついて、
昼寝も、お
母さんに
抱かれながらするようになりました。そして、
目がさめると、「チョット、チョット。」と、
頭の
上で、
時計が
呼んだのであります。
時計の
白い
円い
顔の
上には、ガラスがなくなって
以来、まだ、
新しいガラスが、はまっていませんでした。よっちゃんは、なにを
思ったか、お
母さんの
針箱をふみ
台にして、それへ
上がって、
時計の
白い
顔を
不思議そうにながめていたのです。
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