六
よっちゃんは、また、お
菓子をお
母さんにねだりました。「ええ、あげますよ。いまたべたばかりだから、あの
時計の
長い
針が、ぐるりとまわって、まっすぐになったらあげますよ。」と、お
母さんはいわれました。お
母さんは、あっちにいって、
茶わんを
洗ったり、おもてを
掃いたりしていられました。よっちゃんは、
茶だんすの
前に
立って、
時計を
見上げていましたが、そのうちに、お
母さんの
針箱をひきずってまいりました。そしてその
上に
乗って、かわいらしい
指で
時計の
長い
針を
動かしたのでした。「チョット、チョット。」と、
時計はいつもおなじことをいっていましたが、よっちゃんが、なにをしてもおこりはいたしませんでした。よっちゃんは、
指に
力をいれて、うなりながら、
長い
針をぐるりとまわして、そして、まっすぐにいたしました。よっちゃんは、
針箱からおりると、いそいでお
母さんのいなさるところへ
走ってきました。「お
菓子……ねえ、お
母ちゃん、お
菓子くれない。」といいました。「まだ、
長い
針は、まわりませんよ。」と、お
母さんはいわれました。「まわった、お
母ちゃん、
針はまわったよ。」と、よっちゃんは、しきりにいいました。
七
「どれ、どこまで、
長い
針がいったか、
見ましょうね。」と、お
母さんは、よっちゃんが、しきりにいうので、
家へ
上がって、
茶だんすのところへやってきました。そして、
時計を
見てびっくりしました。
「まあ、おまえは、もうはや、こんなわるい、いたずらをするの?」と、お
母さんはいって、よっちゃんを、
抱き
上げてしかりながらほおずりをしました。「もう
何時だか、
時間がわからなくなって、
困るじゃないの。」と、お
母さんはいって、
外へ
出て、
近所の
家で、
時間を
聞いてきました。そして、
時計の
針を
直しました。「ねえ、お
母ちゃん、お
菓子くれないの。」と、よっちゃんはねだりました。「こんな、
悪いいたずらをする
子は、お
母ちゃんは、いや。」と、お
母さんはいわれました。すると、よっちゃんは、
悲しくなって、
泣き
出しました。「もう、これから、こんな、おいたをしなければあげますが、もうしない?」と、お
母さんは
聞きますと、よっちゃんは、かわいらしい
手で、
目のあたりをこすりながら、うなずきました。よっちゃんは、お
菓子をもらって、
外へ
小さなげたをはいて、あそびに
出ました。そして、いま、お
母さんにしかられたことを、もう
忘れていました。
八
晩方、お
父さんが、
役所から
帰ってこられると、お
母さんは、よっちゃんが、
針箱をふみ
台にして、
時計の
長い
針をまわした
話をいたしました。お
父さんは、よっちゃんが、りこうだといって、
笑われました。そして、あの
時計も、はやくガラスをはめなければならんと、いわれました。しかし、
時計屋へ
直しにやると、あとでほかに
時計がないので
不自由なものですから、一
日、一
日延びてしまうのでありました。お
母さんは、どこか、もっと
高いところへ
時計を
置いたら、よっちゃんが、いたずらをしないと
思いましたから、
翌日は、たんすの
上へ
置きました。
もう、よっちゃんは、
針箱をふみだいにしても
手がとどきませんでした。また、
着物をいれるたんすは、
脊が
高いから、その
前に
立ってもよっちゃんは、
円い
白い
時計の
顔を
見ることさえできませんでした。よっちゃんは、どんなにさびしく
思ったでありましょう。けれど、
時計をそんな、
高いところに
載せておくのは、お
母さんにも、
不便でありました。なぜならお
母さんは、すわっていて、
時間を
見ることができなかったからであります。いつのまにか、お
母さんは、また、
時計を
茶だんすの
上へ
持ってきました。よっちゃんは、また、
円い
白い
顔をいままでのように
見ることができるようになりました。
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