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どこかで呼ぶような(2)
日期:2022-11-28 23:41  点击:240
 
そうすれば、わたくしは、あのひとにもうあえないのかと、さびしくおもいました。
くるまとおくにえた、あのもりをいつのまにか、うしろにして、まちたのでした。はじめて、あの花火はなびは、こんど、あたらしく、まち電車でんしゃが、とおったので、その祝賀会しゅくがかいがもよおされるためとわかりました。ほかにも、舞台ぶたいがつくられて、おんな手踊ておどりなどあってにぎやかでした。わたくしたちは、ひとだかりのあいだをわけてすぎると、東京音頭とうきょうおんどのレコードがなりはじめて、あか着物きもののひらひらするのが、にはいりました。おじさんは、まちにはいる時分じぶんから、かけていた、くろ眼鏡めがねを、はずしました。みちみぎがわや、ひだりがわをながら、くるまは、しばらく、速力そくりょくをゆるくして、いきました。
ある停留場ていりゅうじょうのそばには、たくさんの露店ろてんていました。なかには、まごいと、ひごいのきたのをたらいにれて、っていました。どこから、こんなうおってくるのだろうと、わたくしは、はやくかわへいって、りのできるころになればいいとおもっていました。
こんなことをおもっているときでした。
あちらを、鈴木すずきくんが、おかあさんとあるいているのが、にはいりました。かれは、去年きょねんまで、おなじ学校がっこうにいて、わたくしと同級生どうきゅうせいだったのです。なんでも、かれのおとうさんは、まだ帰還きかんしないで、おかあさんと二人ふたりが、くるしい生活せいかつをしているとかで、かれは、学校がっこうへくるまえに、新聞しんぶん配達はいたつをすますそうです。よく遅刻ちこくしても、先生せんせいはわけをよくっているので、だまっていました。運動場うんどうじょうみずたまりに、しろくものかげがうつるあきのころでした。かれいえがひっこすので、転校てんこうしなければならぬといって、みんなにわかれをつげました。その、わたくしは、ときどき、鈴木すずきくんのことをおもいだしたが、いま、そのすがたをるのです。かれあたらしいぼうしをかぶり、に、おおきなもののつつみをかかえていました。そして、なんとなく、幸福こうふくそうでした。
「きっと、おとうさんがぶじにかえられたのだろう。」
わたくしは、どうか、そうであってくれればいいとおもいました。じき、かれのすがたは、ひとごみのなかにまぎれて、えなくなりました。
「おじさんは、戦争せんそうへは、いかなかったの。」と、わたくしは、きました。
「いかぬことがあるものか、六ねんちかくもいって、やっと、このあいだかえってきたのさ。るすにいえけ、親類しんるいにあずけておいたいもうとは、ゆくえがわからなくなって、かわいそうだよ。」
おじさんのこえは、かすれました。
「かわいそうだね、まだちいさかったの。」
「でかけるとき、たしか十一ぐらいにしかならぬから、ぶじでいてくれれば、いま十七になるはずだ。だから、ずいぶんおおきくなって、ちょっとあっても、こちらではわかるまいが、おれのほうは、そうかわるまいから、いもうとつければ、わかるにちがいない。」と、おじさんは、いいました。
ああ、それで、まちへはいったときに、おじさんは、かけていた、くろ眼鏡めがねをはずしたのだなと、わたくしは、おもいました。そして、ほんとにいもうとをあんずる、あに心持こころもちがわかるようながして、まぶたがあつくなりました。
「どれ、おそくなるから、もう、もどるとしようね。」
おじさんはそういって、くるまをまた、きたときのみちへとかえしました。
まだ、あちらへ露店ろてんがつづいて、いけば、にぎやかなところがあるようながしました。そして、うす緑色みどりいろそらした、どこかとおくのほうで、かなしい、ほそいこえがして、わたくしたちをよぶようにもきこえました。
わたくしは、くるまはしみちすがら、けあとをわたして、あのおそろしかった、空襲くうしゅうよるおもいおこし、うみなかを、うろついたであろう、少女しょうじょのすがたを想像そうぞうして、どうか、たっしゃであって、このやさしいにいさんと、はやくめぐりあうようにと、こころいのったのでした。
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