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どこかに生きながら(1)
日期:2022-11-28 23:41  点击:241
 

どこかに生きながら

小川未明


ねこは、かれまれるまえの、ははねこの生活せいかつることはできなかったけれど、物心ものごころがつくと宿やどなしのであって、方々ほうぼうわれ、人間にんげんからいじめつづけられたのでした。ははねこは、子供こどもをあるいえやぶれた物置ものおきのすみへとしました。ここで幾日いくにちごすうちに、ねこは、やっとえるようになりました。そして、母親ははおやかえりがおそいと、ばこなかから、あかるみのあるほういて、しきりとなくのでした。もしははねこが、そのこえをききつけようものなら、いそいではしってきました。そして、はこむやいなや、子供こども乳房ちぶさをふくませたのであります。
しかし、ここも安住あんじゅう場所ばしょでなかったのは、とつぜん物置ものおきへきた主人しゅじんつけて、おおいにいかり、
「いつ、こんなところへ、つくったか。さあ、はやてうせろ!」と、ほうきで、たたきそうと、いたてたからでした。あわれなははねこは、あわてながら、かわいい子供こどもをくわえて、すよりみちがなかったのです。をぬけ、はやしのあるほうへと、いきました。
そこには、ちいさなほこらがあって、そのえんしたなら、安全あんぜんおもったのでしょう。けれどそこは湿気しっけにみち、いたるところ、くものが、かかっていました。それだけでなく、野良犬のらいぬかく場所ばしょでもあるのをづくと、また、そこを一こくはやるのをちゅうちょしませんでした。ははねこは、べつに心当こころあたりもなかったから、子供こどもくちにぶらさげたままふたたびまちほうかえしたのです。
あきすえのころで、まちなかは、いたってしずかでした。そのは、かぜもなく、あおそらから、太陽たいようが、あたたかに、家々いえいえ屋根やねらしていました。ははねこは、まどいた、ふとんをしてある、二階家かいやにつくと、大胆だいたんにもへいをよじのぼりました。いまは、どんな冒険ぼうけんをしても、ねこのために、いい場所ばしょさがさなければならぬとおもったのです。さいわいひとがいなかったので、すぐ座敷ざしきへつれてきました。自分じぶんも、かたわらへながながとて、ちちをのませました。これが、いつまでもつづくものなら、母子おやこのねこは、たしかに幸福こうふくだったでしょう。普通ふつういねこなら、ぜいたくでもなんでもないのだが、二ひきには、ゆるされぬのぞみでありました。わずかばかりの安息あんそくが、おそろしいむくいで、仕返しかえしされねばならなかったのです。はしごだんのぼってきた、おかみさんが、大騒おおさわぎをして、なぐるぼうりにいきました。おかみさんは、宿やどなしねこにはいまれてはたいへんだ。こんなことが、二とないように、こらしめるとでもおもったのでしょう。しかし、彼女かのじょのもどったときは、二ひきのねこの姿すがたは、もうえませんでした。
かさなりうように、なら家々いえいえ屋根やねは、さながら波濤はとうのごとくでした。うえですむことのできないものは、ここがゆい一の場所ばしょであったかしれません。二ひきのねこは、もうりようとしませんでした。ときどき、おびやかすように、ものすごい木枯こがらしが、かなければ、なおよかったのです。
「おまえは、どこへいってもいけないよ。じっとして、わたしかえるのをっておいで。」
ははねこは、こうねこにさとしたのでした。たかいえにはさまれて、目立めだたない平家ひらやは、比較的ひかくてきかぜもあたらなければ、すと、ブリキ屋根やねから陽炎かげろうちそうなもありました。ねこが、一人歩ひとりあるきさえしなかったら、ここは、どこよりもいいところだったにちがいありません。しかし、いくたびとなくわれ、いじめられつづけて、そのたびにははねこが、いのちをかけてまもってくれたのをっているので、ねこは、いいつけにそむくことはなかったのです。
ははねこは、あとのこしたねこのことを心配しんぱいしながら、方々ほうぼうのごみばこや、勝手かってもとをあさったのでした。その苦労くろうは、けっして、すこしのことでなかった。いかにいても、なにかつからなければ、むなしくは、かえれなかったのでした。
そのうち、へいをかきのぼる、するどいつめおとがすると、ねこは、ははねこがかえったのをり、つづけさまにないて、ひさしのしたからかおすのでした。
そのとき、母親ははおやのやせた姿すがたが、西日にしびけて、屋根やね灰色はいいろながかげをひきました。のつやもなく、脾腹ひばらのあたりは骨立ほねだっていました。彼女かのじょは、子供こども無事ぶじだったのをよろこび、ってきたえさあたえました。そして、みずからの空腹くうふくわすれたほどほそくして、子供こどもべるのを満足まんぞくしたのでした。
ふゆばんには、さむい、すような北風きたかぜが、用捨ようしゃなく、屋根やねうえきまくりました。ははねこは、子供こどもかべのすみへしやるようにして、自分じぶんのからだで、かぜをさえぎるだけでなく、ぬくみであたためてやったのでした。そのため、ねこは、やすらかにねむることができました。それは、ねこの生涯しょうがいにとっても、またどんなに感銘かんめいふかいことだったかしれません。
あさ太陽たいようのぼると、ははねこは、またかけました。しもしろに、ゆきのごとく、屋根やねりていました。その結晶けっしょうが、ちかちかと、をさしたのです。ねこは、ぶるいしました。
 

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