四
光治は
家へ
帰ると
絵の
具箱を
取り
出して、
自分もいっしょうけんめいになって
木や
空や、
鳥などを
描いてみましたけれど、どうしてもあの
少年の
描いたような
美しい、いきいきとした
色も、
姿も
出なかったのであります。
光治は、まったくこれは、
絵の
具や
筆がよくないからだと
思いました。そしてあの
少年の
持っていたような
絵の
具や
筆があったら、
自分にもきっと、あのようにいきいきと
描けるのであろうと
思いました。
彼はどこへいったら、あれと
同じい
絵の
具や、
筆を
売っているだろうかと、そればかり
思っていたのでありました。
ある
日、
光治は
森の
奥にある
大きな
池のほとりへいって
笛を
吹こうと
思ってきかかりますと、
先日の
少年がまた
池のほとりで
絵を
描いていました。
少年は
光治を
見ると、やはり
懐かしそうに
微笑みました。
光治も
打ち
解けて
少年のそばに
寄って
絵を
見ますと、
青々とした
水の
色や、その
水の
上に
映っている
木立の
影などが、どうしてこうよく
色が
出ているかと
驚かれるほど
美しく
写されていたのであります。
光治はもはや
笛を
吹くことなど
忘れてしまって、ただ
自分も、このように
上手に
絵を
描きたいものだ。それにしても、この
少年の
持っているこんな
絵の
具と
筆とがほしいものだと
思いましたから、
「
君、この
笛をあげるから、
僕にその
絵の
具箱も
筆もみんなくれないかね。」
と、
光治は
熱心に
少年の
顔を
見ていいました。すると
少年は、
意外にも
快く
承諾をして、
「ああ
僕にその
笛をくれるなら、
君にみなあげよう。」
といって、
絵の
具箱も、
筆もみんな
光治にくれたのであります。
光治は
喜んで
家へ
帰りました。そして、すぐに
紙を
出して、
花や
草を
描いてみましたが、やはりすこしもいい
色が
出なくて、まったく
少年の
描いたのとは
別物であって、まずく
汚なく
自分ながら
見られないものでありました。
光治は、まもなく
自分の
心をなぐさめた
唯一の
笛をなくしてしまったことを
後悔いたしました。
ある
日の
晩方、
彼はさびしく
思いながら
田舎路を
歩いていますと、
不思議なことには、このまえじいさんにあったと
同じところで、またあちらから
箱をしょってとぼとぼと
夕日の
光を
浴びながら
歩いてくるじいさんに
出あいました。じいさんは
光治の
顔を
見ると、
忘れずにいたものとみえて、にこにこ
笑いながら、
近寄ってきまして、
「
坊はさだめし
笛が
上手に
吹けるようになったろう、さあ、あの
笛を
私にお
返しなさい。そのかわり、もっとおもしろい、いろいろな
音色の
出るいい
笛をおまえにあげるから。」
と、
優しくいいました。
光治はこれを
聞くと、なんとももうしわけのないことをしたと
思いました。けれど、どうすることもできませんでした。
彼はついに、一
部始終のことをじいさんに
打ち
明けて、どうか
許してくださいともうしました。
すると、じいさんの
優しい
顔は
急にむずかしそうな
顔つきに
変わって、
「なんでも
人まねをしようとすると、そういう
損をするもんだ。おまえの
力を、おまえは
知らんけりゃならん。そして、
人間というものは、なんでもできるもんじゃない。
自分が
他より
勝れた
働きがあったら、ますますそれを
発達させるのだ。
私は、おまえにもっといい
笛をやろうと
思って
持ってきたが、あの
笛を
私に
返さなけりゃこの
笛は
渡されない。あの
笛は、またほかにやる
子供があるのだから、
早くあの
笛をおまえが
取りもどしてくれば、そのときはこの
笛を
渡してやる。」
といって、じいさんはいってしまいました。
それから
光治は、
笛をあの
少年から
取りもどそうと
思って
毎日森にゆき、
山へ
入って
少年の
姿を
探しました。
おりおりいい
音色が
遠くの
方で
聞こえることがありましたけれど、どこで
吹く
笛だろう。ついぞふたたび、その
少年の
姿を
見ることができなかったのであります。
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