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隣村の子
日期:2022-11-28 23:41  点击:242
 

隣村の子

小川未明


良吉りょうきちは、おも荷物にもつ自転車じてんしゃのうしろにつけてはしってきました。
そのは、あつい、あついでした。そこはおおきなビルディングが、ならんでいて、自動車じどうしゃや、トラックや、また自転車じてんしゃ往来おうらいして、やすむようなところもなかったのです。
そのうち、濠端ほりばたると、くるまかずすくなくなり、やなぎかぜになびいていました。そしてガードのしたに、さしかかると、つめたいかぜいてきて、からだがひやりとしました。
「ここで、すこしやすんでゆこう。」と、良吉りょうきちは、自転車じてんしゃめて、さながら、あなのあちらの、ちがった、世界せかいからでもいてくるような、かぜむねれていました。
あつに、はたらいている人々ひとびとが、たまたま、こんなすずしいところをいだしたときのよろこびというものは、どんなでしょう。それは、一通ひととおりではありません。
「ここは、いいところだな。」と、良吉りょうきちは、おもいました。良吉りょうきちのほかにも、ごとにここでやすんで、いったひとがあったとみえて、タバコのばこや、やぶれたむぎわら帽子ぼうしなどが、ててありました。なんのなしに、ガードのかべると、しろいチョークで、落書らくがきがしてあったので、それをるうちに、子供こどもらしいかれた、……けん……むら……という文字もじはいりました。
「おお、これはわたしまれた、隣村となりむらだ。」と、良吉りょうきちは、その文字もじいつけられたようにちかづきました。そして、もっとなにかいてなかろうかと、さがしたけれど、それしか文字もじいてありませんでした。
「だれが、いたのだろうな。」と、かれは、さびしさのうちにも、なつかしさをかんじたのであります。
かれは、また、おもいました。
「きっと、自分じぶんのような、むらから子供こどもだろう。そして、ここをとおるときに、ふと故郷こきょうのことをおもしたのだろう。」
なぜなら、良吉りょうきちむらも、このとなりむらも、あおあおい、うみめんしたむらであって、なつになると、すずしいかぜが、このガードをとおってくるかぜのように、つめたく、かなたの、おきからいてきたのだから。
良吉りょうきちは、しばらく、ぼんやりとして、これをいた子供こども姿すがた想像そうぞうしていましたが、きゅうしたいて、あたりをさがしました。すると半分はんぶんつちにうずもれて、チョークのかけらが、かべのきわにちていました。
かれは、それをひろうと、ゆびさきでつちとしました。そして、かべいてある、落書らくがきにならべて良吉りょうきちは、自分じぶんむらき、そのかたわらにM生エムせいとしたのであります。良吉りょうきちせいは、村山むらやまであったからです。
自分じぶんたちのむらならんでいるように、このガードのかべに、むらならべてかれたのでも、良吉りょうきちにとっては、このうえなく、なつかしいのでした。かれは、それをて、にっこりとわらいました。
それから、また自転車じてんしゃって、みちいそいだのでありました。
かれは、小学校しょうがっこう卒業そつぎょうすると、すぐ都会とかい呉服屋ごふくや奉公ほうこうされました。それから、もう何年なんねんたったでしょう。かれは、勉強べんきょうして、すえにはいい商人しょうにんになろうとおもっているのでした。
かれは、都会とかいるとき、まだちいさかったから、汽車きしゃなかでは、故郷こきょうこいしくてきつづけました。そのことをわすれません。また、奉公ほうこうをしてからも、ゆめなかで、おかあさんとはなしをして、がさめてから、しくしくといたこともありました。
そんなことをおもうと、隣村となりむらから、この都会とかいにきている、かおらない少年しょうねんもやはり自分じぶんおなじように、はじめは、いたであろう、また、さびしかったであろう。そして、自分じぶんが、片時かたとき故郷こきょうのことをわすれぬように、その少年しょうねんも、自分じぶんむらわすれないであろうとおもうと、そのかおない少年しょうねんが、なんとなく、したわしくなりました。
良吉りょうきちは「とおくからきて、はたらいているのは、けっして、自分じぶんばかりでない。」と、かんがえると、また、勇気ゆうきづけられもしました。
それから、半月はんつきばかりたってから、良吉りょうきちは、ふたたびようたしのために、ガードのしたとおりかかりました。そのとき、かれは、なんで落書らくがきのことをおもさずにいましょう。
「あの落書らくがきは、まだいてあるかな。あれから、もし隣村となりむらたら、なにかまたいたかもしれない。」
かれは、一しゅのはかない希望きぼうと、なつかしみとをもって、自転車じてんしゃめてみました。自分じぶんむらも、隣村となりむらも、ならんであのときのままになっていたけれど、しかし、それ以外いがいになにもあたらしくかれてはいませんでした。
隣村となりむらは、そのここをとおらなかったのだろう?」と、良吉りょうきちは、おもいました。そしてどうか、その無事ぶじであるようにと、良吉りょうきちは、こころのうちでいのったのでした。

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