「いっしょに
戦って、いっしょに
死にたいものだ。」と、
徳蔵さんに、いいました。もとより
温かな、
誠の
情けを
持った
徳蔵さんですから、
「ほんとうに、そうしよう。」と、いって、その
兵隊さんの
手を、
堅く
握ったのであります。
上陸すると、すぐに、
彼の
部隊は、
前線に
出動を
命ぜられました。そこでは、
激しい
戦闘が
開始された。
大砲の
音は
山野を
圧し、
銃弾は、一
本残さず
草を
飛ばして
雨のごとく
降り
注いだ。そして、
最後は、
火花を
散らす、
突撃戦でありました。
敵を
散々のめにあわして
潰走さしたが、こちらにも
多くの
死傷者を
出しました。
戦闘の
後で、
徳蔵さんは、あの
兵士は、
無事だったかと
見て
歩きました。けれど、その
姿が、
見つかりませんでした。
「やられたか、それとも
傷を
負って
倒れてはいないか?」と、
戦場の
跡を
敵の
屍を
越えて、
探して
歩きました。すると、その
兵隊さんが、やぶの
中に
倒れているのを
見いだしたのです。けれど、そのときは、すでに
息が
絶えかかっていました。
「おい、しっかりせい。おれだ! いっしょに
死ぬ
約束をしたのに、
先にいったな。よし、かならず
敵を
打ってやるぞ。おれも、
花々しく
戦って、じきに
後からいくから
待っていろ。」と、
徳蔵さんは
戦友の
死体を
抱き
起こして、
涙を
落としたのです。
その
後のこと、
我が
軍は、
河をはさんで
敵と
対峙したのでした。その
結果、
敵前上陸を
決行しなければならなかった。なにしろ、
敵はトーチカに
閉じこもり、
機関銃を
乱射して、
頑強に
抵抗するのです。ついに、
決死隊が
募られました。
我先にと
申し
出たので、たちまちの
間に
定員に
達したのです。この
人たちは、
全軍のために
犠牲となるのを
名誉と
思って、
喜び
勇んですぐ
仕度にとりかかりました。
このとき、
蒼白い
顔をして、
一人の
兵士が、
部隊長の
前へ
進み
出て、
自分もぜひこの
中に
加えてくださいといったのです。それは、
徳蔵さんでした。
「
後から、おまえ
一人を
入れると、ほかのものの
申し
出も
許さなくてはならぬ。」と
部隊長は、
言葉にそういいながら、いずれ
劣らぬ
忠勇決死の、
我が
兵士の
精神に
感心しました。だが、
徳蔵さんの
熱心は、その
一言で
翻されるものではありません。
戦死した
友との
誓いを
告げたので、ついに
部隊長も
許したのでした。
決死隊が、
敵に
飛び
入ると、
敵はそれを
目がけて、
弾丸を
集中しました。
河の
中ほどまで
達するころには、
人数が
目に
見えて
減っていました。
陸まで、もう
一息というところで、
無念にも
弾丸を
受けて、
徳蔵さんは、
「
天皇陛下 万歳!」と
叫ぶとともに、
水を
紅に
染めて
見えなくなったのでした。
辰一は「
殉国英霊の
家」と、
立て
札のしてある
家の
前を
通るたびに、
目に
熱い
涙をためて、
丁寧に
頭を
下げました。
「どうしても、あの
自転車を
買うのだ。あと、一
週間ばかり、
売れなければいいが。」
ある
日、
自転車屋の
前へいってみると、その
自転車が
見えなかった。
辰一は、びっくりして、おじさんにきいてみると、
昨日売れたというのです。
「なに、あれくらいの
車なら、また
出ますよ。」と、なにも
知らない
自転車屋のおじさんは、
力を
落としている
辰一を
見て、そういったのでありました。
その
後のことです。
辰一は、お
友だちと、キャッチボールをやっていて、ふと
戦死した
徳蔵さんのことを
思い
出すと、
急に
目頭が
熱くなりました。
「
僕を
自転車にのせて、この
原っぱを
走ってくれたことがあったなあ。」と、いろんなことが、
心に
浮かんでくるのです。
「あの
自転車はだれが
買ったろうか。たしか、七
円と
札がついていたが、
惜しいことをした。お
父さんが
自分の
働いた
金で
買ってもいいといったのに。」
彼の
投げる
球がだんだん
熱を
持ってくるのでした。
「
辰ちゃん、すげえ
球を
出すなあ。」
見ている
友だちまでが、
目をみはって、いいました。その
球を
受け
取る
勇吉も、
顔を
赤くして、
額に
汗ばんでいました。
強い
球で、なかなか
骨がおれるからです。
「
君、いい
球を
出すね。しっかり
勉強すると、ピッチャーになれるぜ。」
さっきから、そばで
見ていた、
角帽を
被った
学生らしい
青年が、いいました。
辰一は、ほめられたので、ちょっとはずかしかったのです。
「
僕ら、
毎日曜の
午後から××の
空き
地で、けいこをしているから、
君もぜひやってきたまえ。そのうちにこの
方面のものだけで、チームを
作ろうと
思っているのだ。」と、
青年は、
辰一にいったのであります。
辰一は、そういわれると、なにか
急に
明るく、
力づけられたような
気持ちがしました。
(ほんとうかしらん、おれは、ピッチャーになれるだろうか。)
「ありがとう。」といって、
辰一は、
青年に
頭を
下げました。そうだ、おれは、
徳蔵さんのことを
考えればいつだって
気持ちがしゃんとして、どんないい
球でも
出してみせるぞと、
心に
叫んだのです。
十二
月の
日曜日でした。
風のない
静かなお
天気であります。
辰一は、
午後から、××の
空き
地へいってみようと
思いました。
「あの
学生さんは、きょうも
野球をやっているかな。」
自分の
住む
町から、だいぶそこまで
離れていました。
空き
地へいくと、
今度広い
道路が
通るので、
多数の
家屋が
取りはらわれた
跡でありました。
あたりを
見ると、まだ
半分壊されたままになって、
土台のあらわれている
家もあったし、すでに、一
方の
端では、
新しく
建築にかかった
家もあります。
見わたすかぎりの
広場の
中は、いろいろの
風景が
雑然として
見られました。
辰一は、
胸の
底からこみ
上げてくる
感激を、どうすることもできなくて
叫びました。
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