こちらには、
土管や、
人造石が
積まれているし、またあちらには、
起重機が
置いてありました。ところどころ
木立があって、
頭の
上を
青い
空が
拡がっていました。
都会でこんなにはるかな
地平線の
見えるのは、
珍しいことです。
遠い
煙突からは、
黒い
煙が、
上がっていました。ちょうど、
海をいく
汽船の
煙のようにも
思われました。あちらでも、こちらでも、
町の
子供たちが、たこを
上げて
遊んでいます。
風がないせいか、
高く
上がっているたこがありません。そして、
工夫たちも、
今日は
仕事が
休みなのか、
地平機が
投げ
出されたままになっています。
「だれも、
野球をやっていないが、どうしたんだろう。」と、
辰一は、がっかりしたが、
年末であるので、なにか
都合があってこられなかったのだろうと
思いました。
ここからは
駅が
近く、
絶えず
電車や、
汽車の
笛の
音がしていました。そして、
停車場のあたりは、にぎやかな
町でありました。
辰一は、
暮れの
街の
景色を
見物して
帰ろうと
思いました。
ガードをくぐると、そこだけは、一
日じゅう
日蔭で、
寒気がきびしく、
肌を
刺しました。
暗を
照らす
電燈の
光は、うす
濁ってぼうっとかすんでいます。
出口の
煉瓦の
壁に、
出かせぎ
人夫募集のビラが
貼られていました。
生活のために、
未知の
土地へいく
人のことを
考えると、なんとなく、
胸をしめつけられるような
気がしました。
「
健康であれば、どこへいっても
生活ができる。」と、
学校の
先生のおっしゃった
言葉が
浮かんできました。
さすがに
戦時であって、
町は、いつもの
暮れとちがい、べつに
飾りもなくてさびしかったのです。それでも
歳末の
気分だけは、どこにかただよっていました。アスファルトの
道を
人々が
忙しそうに
往来しています。くつの
音とげたの
音が、
入りまじって
耳にひびきました。
露店が、
連なっていました。その一つには、ヒョットコ、きつね、おかめ、などの
人形がむしろの
上へ
並べてありました。それを
商うおばあさんは、
日がほこほこと
背中に
当たっているので、いい
気持ちで
居眠りをしていました。また、この
寒いのに、どこから
持ってきたものか、ふな、なまず、
雑魚などの
生きたのを
売っている
男がありました。これらの
川魚は、
底の
浅いたらいの
中に、
半分白い
腹を
見せて、
呼吸をしていました。その
隣では、
甘ぐりを
大なべで
炒っていました。
四つ
辻のところへ
出ると、
雑沓の
中で、千
人針を
頼んでいる
女がありました。
通る
女の
人々が、そのそばに
足を
止めていました。
「もう、お
正月がくるのに、
出征する
兵隊さんがあるんだな。」
辰一は、
感慨深く
思いました。
戦地へいく
人のことを
考えると、じっとしていられないような
気がしました。
このとき、
突然軍歌の
声が、
停車場の
方にあたってきかれたのでした。
彼は、はじかれたように、
群衆から
抜け
出て、
急ぎ
足で、その
声のする
方へと
向かったのです。
国防婦人の
制服を
着た
人たちが、
小さな
日の
丸の
旗を
振って、
調子を
合わせて
歌っていました。
戦闘帽を
被った
青年が、
元気いっぱいに
大きな
声で、
音頭を
取っていました。
紅いたすきをかけた、
出征兵は、
正しく、つつましく、
立って、みんなの
厚意に
感謝していました。それは、
徳蔵さんが、
送られたときの
姿を
思い
出させます。まったく
同じでありました。
徳蔵さんはこうして
送られていったが、それぎり
帰ってこなかったのです。
そう
考えると、
熱い
涙が、
目の
中からわいてきました。いつのまにか、この
人と
徳蔵さんとが、
同じ
人になってしまって、
限りない
悲壮な
感じが
抱かれたのであります。
辰一は、のども
破れよとばかりに、
大声を
上げて、
万歳を
三たび
唱えたのでした。
彼は、
帰りに、もう一
度空き
地へ
立ち
寄ってみました。
先刻たこを
上げていた
子供たちは、どこへいったか、
姿が
見えなかったのです。
寒い
風が、
荒涼とした
広場を
吹いていました。
辰一は、
支那の
戦場の
景色を
空想しました。また
戦死した
徳蔵さんを
思い
出しました。
足もとの
瓦の
破片を
拾い
上げると、
力いっぱい
大空に
向かって
投げました。
高い、
高い
空に、とびが、
町を
見下ろしながら
舞っていました。
自分が
少年飛行家であったら、
飛行機に
乗って、ああやって
敵軍を
爆撃するのだ。
「とび、とび!
大きな
声で
鳴いてくれ!」
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