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扉(3)
日期:2022-11-28 23:41  点击:245
 


「そればかりならいい。お前はこの建物の中に住んでいる者に対して、変な考えを持っている。Aに、Cに、Dに対しても、僕に対しても、変な考えを持っている。」
「…………。」
「まだお前自身にも意外だと思うようなことを語った。その秘密は言えない。」
「それを聞かして下さい。」
「もう一度かかってくれい。」
「厭です。」
「お前はこの場を逃げ出ることが出来ると思うか。」
「厭です。私は、もう決してかからない。」
Bはこぶしを固めて突っ立った。体がわなわなと顫えている。しかし恐怖の影はおもてに漂っていた。彼は、Kを押しけて出口の方に行こうとした。
「どこへ行く?」といって、KはBの片腕を捉えた。
「ハハハハハ、もうお前はかかっている!」
と、冷やかな声で耳許みみもとでいった。
「なに、かかるものか。」といってBはKの腕を振り離して扉に突き当った。
「駄目だよ。」と落着き払った声でKはいって女の腰でも抱える時のようにやさしくBの腰に手を廻した。そしてすばやくBのまぶたを撫でた。
「そらかかった! もうかかったよ!」
と、両手をBの体から離して冷やかに彼を見遣った。
Bの体はふらふらとして倒れかかる。
KはBの体を、白い床の上にしずかに横たわらせた。赤いネクタイが、窓から洩るる鈍色にびいろ光線ひかりに黒ずんで見えた。背の高い黒い姿が夜の色より黒かった。窪んだ眼は奥底で輝いて口を開けて冷やかにハハハハハと笑って室を見廻した。
何の音もしない。ただ外では風が吹いていた。折々おりおり硝子戸に当る音がした。鼠色の服を着た、肥ったBの体は大理石をった像のように白い床の上に浮き出していた。Kは痩せた手を伸ばしてBの両手を胸の上で組ませた。
二三歩退しりぞいて、彼は黒い洋服の隠しの中から時計を出した。白銀に灰色の光線が映じて鈍色に光った。三時……二十分。
Kは、Bの耳許に口を当てた。眼を白くして、ニヤリと冷やかに笑った。……
「待て!」と、Kは起ち上った、出口の扉を堅く閉めて、内錠うちじょうをかけた。その鉄片てっぺんの刎ね返った響が、沈黙した室に響き渡った。絶えず倒れた意識ない人の口は動いていた。Kはまたもとの座に返った。Bの傍にひざまずいて耳許に口を当てた。
「ヨシ! それから……。」
何も聞えなかった。
ただ外に風が吹いていた。時々硝子窓に風の当る音がした。……何も聞えなかった。……時々、Kがこっちを向いて、ニヤリと眼を白くして冷たく笑った顔付かおつきが、凄いというより、冷たかった。……
烏が窓の側を近く通って行った。慌しげに啼きもせず……。
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