三
「そればかりならいい。お前はこの建物の中に住んでいる者に対して、変な考えを持っている。Aに、Cに、Dに対しても、僕に対しても、変な考えを持っている。」
「…………。」
「まだお前自身にも意外だと思うようなことを語った。その秘密は言えない。」
「それを聞かして下さい。」
「もう一度かかってくれい。」
「厭です。」
「お前はこの場を逃げ出ることが出来ると思うか。」
「厭です。私は、もう決してかからない。」
Bは
「どこへ行く?」といって、KはBの片腕を捉えた。
「ハハハハハ、もうお前はかかっている!」
と、冷やかな声で
「なに、かかるものか。」といってBはKの腕を振り離して扉に突き当った。
「駄目だよ。」と落着き払った声でKはいって女の腰でも抱える時のように
「そらかかった! もうかかったよ!」
と、両手をBの体から離して冷やかに彼を見遣った。
Bの体はふらふらとして倒れかかる。
KはBの体を、白い床の上に
何の音もしない。ただ外では風が吹いていた。
二三歩
Kは、Bの耳許に口を当てた。眼を白くして、ニヤリと冷やかに笑った。……
「待て!」と、Kは起ち上った、出口の扉を堅く閉めて、
「ヨシ! それから……。」
何も聞えなかった。
ただ外に風が吹いていた。時々硝子窓に風の当る音がした。……何も聞えなかった。……時々、Kがこっちを向いて、ニヤリと眼を白くして冷たく笑った
烏が窓の側を近く通って行った。慌しげに啼きもせず……。