五
夜の色が黒い鳥の翼のように、だんだん低く灰色の家の上に垂れかかった。闇の
Kは、じっと
鳥でないか?
鳥にしては白い鳥でない。ランプの光りは弱いながら、窓の口までは泳ぎ着いている。白い色なら見える筈だ。雪のように白くなくとも、古綿のように
黒い鳥であろう? 黒い鳥に相違ない!
なんで黒い鳥がこの窓に来て当るのだろう。また、バサバサと鳴った。たしかに翼の音に相違ない。しかしその当る力は衰えていた。大空を
病気の鳥ででもあるか知らん?
翼を
それともこの闇に道を失った鳥であろう。帰るべき道を迷っている鳥であろう。ただこの広い野中に、ただ一つ真夜中に点っているこの室の
ガタ、ガタと嵐が窓に当った。次第に嵐は激しくなった。黒い鳥は突き当るのに間が置いた。
それともこの嵐に妨げられて、飛ぶことが出来ないのでないか?
もう黒い鳥の音がしなくなった!
怪物のような建物は平地に横たわっていた。嵐は思い思いに叫んでその
Kは神経質の眼を、まだ闇の中に突き入れていた。
ランプの飴色の光りは、赤いネクタイ、黒い洋服の縞の目にくぐり込んだ。青いインキは金ペンの
青い
重なり合っている紙の、上から六枚目では、早く遠い国へ行きたい。
「それはどこの国だ。何という国だ。」
「名は知らない。」
「南の方か?」
「南の方だ。」
「いつその国を知った。」
「ある時町へ出て、好い香りのする石鹸を買った。その包袋に、真紅な花が咲いていた。美しい
十三枚目には、青い線が殊に
「Kは悪魔だ、黒い洋服を着たKは魔法使だ。――とても抵抗が出来ぬ。駄目だ。駄目だ。悪魔! 悪魔!」
* * *
Kは
バサ、バサと鳴った。それは地面に散っていた枯葉が、風に吹き上げられて窓に当った音であった。
Kは突立ったまま、この怪しげな音に耳を傾けた。彼は、慌しげに室の中を歩き始めた。
黒い夜が、窓に迫った。大きな翼を拡げ始めた。
真夜中であった。
先刻、三人の友は死んだBの扉の外で語り合った。
Aは、コツ、コツと
「B君! B君!」
けれど、何の音もしなかった。
考え込んでいたCは、鍵を探した。そして、ポケットから小さな光るのを、錠に当てて見たが
Aは、また叩いた。
「B君! B君! 開け
Sは、
「聞えないのだ。Kがこの鍵を持っているに相違ない。」
AとCは、互に顔を見合った。
「Kはどういう人物だろう。」とAがいった。
「さあ……分らない。」とCの眼が怪しく光った。
「Kが殺したのだろう。」とSが言った。
「いや決してそんなことはない。」とAが打ち消した。
「夜が明けたら分る。」とCが言った。
「僕らは余りKを信じ過ぎていた。Bは平常Kを嫌っていた。僕はKを余り好かない。用心しなければならぬ。」とSがいった。
「夜が明けたら分るだろう。」
といって、A、C、SはBの扉の前を去った。
嵐は、
白い床の上に、闇の中にBが横たわっていた。全くこの室には微かな音すらなかった。
それはコロロホルムの入っていた罎であった。その罎をしっかりと握っていた手は床の外に出ていた。
嵐の音が益々激しくなった。この怪物の家が
灰色の漠然とした大きな影! 目もない、口もない、鼻もない巨人がBの
「早く、その罎を隠せ!」
音なく、冷やかに、闇の中に横たわっていた体と、その手が動いた。そしてその罎を隠した。沈黙を破った鍵の音!
音なく、闇の中に更に暗い穴が開いた。間もなく、また穴が閉じて闇は一色に塗られた。パッと青い光りが出た。狭い室の中が真青に燃えた。同時に黒い服を着たKの窪んだ眼が光った。彼は懐中電気を握ったまま、しばらく耳を
何の音もしない。
彼は、慌しげに室の中を探し始めた。……Kの顔色は、Bの死んだ顔色と同じく真青だ。
「ない!」
再び、窓に当る翼の音。バサ! バサ! バサ!