ある
日のことでした。
二人が、
並んで
道を
歩いていると、ふいに、
若者は
立ち
止まって、つまさきで
砂をかき、
砂の
中から、なにか
小さい
石ころのようなものを
拾いあげました。
「こんなものを
見つけたが、なんだろう?」
と、
若者は、それを
手の
上にころがして、ながめていました。
青みがかった、
虫の
形をした
石です。その
石に
光るものが
彫り
込んであって、
端のところに、
糸の
通りそうな
小さな
穴があいていました。
「きっと、ここを
通った
人が
落としたものだろうが、なににしたものかな。」
と、
若者は、
頭をかしげていました。
「こうして、
自分の
目にはいったのだから、
捨てずに、
記念として
持ってゆこうか。」
と、
若者は、
青い
石を
掌の
中でころがしながら、
朗らかに
笑いました。
「どれ、どんなものを
拾ったのですか。」
と、トム
吉は、
若者の
拾った
青い
石を
見せてもらいました。よく
見ると、それは、また、すばらしいものです。トム
吉は、
見ているうちにほしくなりました。
自分の
持っているものなら、なんでもやって、
代えてもらいたかったのです。それほどすばらしい
品でした。しかし、トム
吉は、
驚きの
色を
顔に
出すまいとしました。これは、
宝石商の
店に
使われている
時分の
癖が
出たのです。そして、
心の
中で、どうかしてごまかして、
自分のものにすることはできないものかと
思っていました。
「
小さい
穴があいているが、なににしたものでしょうね。」
と、
若者は、そんなたいしたものとは
知るはずがなく、こう
問いました。
「さあ……。」といって、トム
吉は、
口ごもりました。そして、
胸の
中では、なぜこの
石がはやくおれの
目に
見つからなかったろうというくやしさでいっぱいでした。
この
青みがかった
穴のあいている
石は、
太古の
曲玉であって、
光るのは、ダイヤモンドでありました。トム
吉は、
宝石商の
店にいる
間に、これと
同じものを一
度見たことがあります。そして、それが
驚くほど
高価に
取り
引きされたのを
記憶していました。いま、この
珍貴な
曲玉が、
砂漠の
中で
見つかったというのは、
昔、
隊商の
群れが、ここを
往来したからです。
「これが、おれのものだったら、どんなに
大金持ちになれるだろう……。」と、トム
吉は、
残念がりました。
彼は、
若者が、この
石の
値打ちを
知らないのを
幸いに、この
砂漠の
中を
旅する
間に、どうかして、
自分のものとする
工夫はないかと
思ったので、わざと
平気な
顔つきをして、
「ボタンにしては、あまりお
粗末なものですね。どうせ、
土人の
子供が
頸にかけたものかもしれません。」
こういって、
若者の
手に
返しました。
快活な
若者は、
荷物のひもをほぐして
糸を
造り、
曲玉に
通して、
道化半分に、
自分の
頸にかけて
歩きました。そして、いつかその
石のことなど
忘れて、なにかほかの
話に
興がって、
笑っていました。
ひとり、トム
吉は、
若者の
頸にかかった
曲玉が
歩くたびに
揺れるのを
見たり、ダイヤモンドが
長い
間砂にうもれて、いくぶん
曇っているけれど、みがけば、どんなにでも
光るのだと
思うと、そのほうに
気をとられて、ぼんやりと、あいづちを
打つだけで、いままでのように、
話に
実がはいりませんでした。
それよりか、ただ、トム
吉は、
「どんなようにいったら、うまくだまして、あの
曲玉を
自分のものにすることができるだろう。」
と、
考えていました。
トム
吉は、
渺々とした
砂漠の
上に、あらわれた
白い
雲を
仰ぎながら、
「
人間の
運命なんて、わからないものだ。いま
二人は、こうして
同じように
貧乏をしているが、これから、あちらの
町へ
着いて、あの
曲玉が、
宝石商に
売られたら、そのときから、この
男は、もう
貧乏人でなく、
大金持ちになれるのだ。そして、
自分は、やはり、このままの
姿であろう。」
と、
思ったのでありました。
そのうちに、
日数がたって、
砂漠も
通りすぎてしまいました。ある
日の
晩方、
二人は、
前方に、
紫色の
海を
見たのであります。
「あ、
海だ!」
「
海だ!」
二人は、
同時に
叫びました。
赤い
夕日は、ちょうど
波間に
沈もうとしています。
二人は、
遠く
歩いてきた
道をかえり
見ながら、
岩の
上に
腰を
下ろして
休みました。
押し
寄せる
波が、
足もとに
砕けて、
引き
返しては、また
押し
寄せているのです。
トム
吉にも、また、
若者自身にも、おそらくわからなかったことであったろうが、
若者は
頸にかけた
糸をいつのまにかはずして、
人さし
指にはめて、くるくるとまわしていました。そして、トム
吉が、はっと
思ったしゅんかんに、
糸は
指からはなれて、
曲玉は、
波の
中に
落ちて
呑み
込まれてしまいました。
若者は、そんなことには
気にもとめずに、
口笛を
鳴らして、このかぎりない
美しい
景色に
見とれていましたが、トム
吉は、
失望と
悔恨とくやしさとで、
顔の
色は、すっかり
青ざめていました。
翌日、ここまで
道づれになってきた
二人も、いよいよ
別れなければなりませんでした。
若者は、トム
吉に
向かって、
「もし、
私が、
成功をして
大金持ちになったら、きっとあなたの
町へたずねてゆきます。そして、あなたを、お
助けいたします。どうか、お
達者でいてください。」
といって、
堅く、その
手を
握りました。そして、
右と
左に、
別れてゆきました。
トム
吉は、
立ち
止まって、だんだんに
遠ざかってゆく
若者のうしろ
姿を
見送っていましたが、まったくその
姿が
見えなくなると、そこに
身を
投げ
出して、すすり
泣きをはじめました。
「なんて、おれは、あのとき、あさましい
考えを
起こしたのだろう、もし、
正直だったら、そして、
自分が
骨をおって、あの
宝石を
高く
売ってやったら、あの
男は、
思いがけないもうけに
喜んで、
半分はお
金を
分けてくれたにちがいない。そうすれば、
二人とも
幸福で、いまごろは、
楽しい
旅をつづけていたであろう……。」
と、
後悔しました。トム
吉は、しばらくしてから、
立ち
上がりました。
「これからは、いつでも
正直にして、
自分だけもうけようなどとは
考えまい。そうだ、おれには、やさしい
姉さんがあった。
町へ
帰ったら、
姉さんのためにつくそう……。」
と、トム
吉は、
志す
町の
方に
向かって
歩いていきました。
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