ちい
子ちゃんは、お
説教のあとで、
子供たちが、
幾組かに
分かれて、
先生から
聞くお
話をたのしみにしていました。
「まさ
子さんや、とみ
子さんは、どこにいらっしゃるだろう。」と、ドアのすきまから、
内をのぞいたのです。けれども、みんながあちらを
向いて、
同じ
頭をしているので、よくわかりませんでした。
高窓の
色ガラスから
流れる、
黄や
紫や、
青の
光線は、
不思議な
夢の
国を
思わせました。
壁にかかっている、いつもにこやかなお
顔のマリアさまは、
手をさしのべて、みんなの
頭をなでていてくださいました。ちい
子ちゃんは、びっくりしました。
「おばあちゃん、おんも……よう。」と、このとき、
坊やが、わめいたからです。みんなは、だまって、
牧師さまのお
話を
聞いているのに、
坊やだけは、わからないから、
外へ
出たいというのでした。
「おとなしく、じっとしていらっしゃい。」と、
大きな
声で、おばあさんが、いっています。
急に、この
二人の
声で、ほかの
人たちは、
牧師さまの
声が、
耳に
入らないので、
困っているようすでした。
「おばあちゃん、おんもよう。」と、
坊やは、
腰かけから
立ち
上がって、すねています。
「
外へ、いくのかい。」
みんなが、おばあさんの
方をふり
向きました。しかし、おばあさんは、
平気なものです。
「どうぞ、しずかにしてください。」
牧師さまは、たまりかねて、おばあさんに
注意なさいました。
「さ、さ、おんもへいきましょう。」と、おばあさんは、
孫の
手を
引いて、ドアの
方へやってきました。
「あら、
小西のおばあさんだわ。」と、ちい
子ちゃんは、
目をまるくしました。
小西のおばあさんは、つんぼで、
人のいうことが、よくきこえぬのです。だから、
自分も、
大きな
声を
出して、なんとも
思わなければ、また、みんなに
迷惑をかけることもわからないのでした。
おばあさんが、
坊やをつれて、ドアの
外へ
出ましたから、そこに
立っていた、ちい
子ちゃんは、おじぎをしました。
「だれかと
思ったら、ちい
子ちゃんですか、あんたは、いまいらしたの。」と、おばあさんは、
大きな
声でいいました。
「きれいに、だれが
髪をゆってくだすったの。」
「お
母さん。」と、ちい
子ちゃんは、
答えました。
「まあ、
赤いリボンをつけて。」
おばあさんの
声が、よくへやの
内へ
聞こえるので、みんなが、こちらを
向いています。
ちい
子ちゃんは、きまりがわるくなりました。
「
坊や、おいで。」
ちい
子ちゃんは、
坊やをつれて、
教会堂の
横手の
方へいきました。そこには、
桜の
木があって、
花が
咲いていました。
腰かけや、すべり
台などがありました。
もう、
花が、ちら、ちら
散っています。
坊やは、それを
拾っていました。
「
坊や、すわると、おべべが、よごれるよ。」
おばあさんが、
大きな
声でいいました。ちい
子ちゃんは、ここなら、みんなのおじゃまにならぬと
思って、
安心していました。
ちい
子ちゃんが、ベンチに
腰かけていると、おばあさんが、そばへきて、
「あんたのおくつは
新しいの、いつ
買ってもらったの。」と、
聞きました。
「こないだ、
学校へ
上がったときよ。」と、ちい
子ちゃんは、
答えました。
「いま、おくつは、お
高くなったんでしょう。」と、おばあさんは、いろいろのことを
話しました。
坊やは、
拾った
花びらを、またまいていました。
花びらは、ひらひらと
白いちょうちょうのように、
風に
舞いました。
「ちい
子ちゃん、あんた
忘れたでしょう。
小さいとき、
道を
歩いていて、
前へいくよそのお
姉さんを
見て、お
母さん、あんなくつよ、わたしほしいわといったことを。そのお
姉さんのくつは、かかとの
高い、さきのとがった、ハイカラのおくつで、ダンサーか、
女優さんのはくくつで、あんたが、そういったものだから、
通る
人がみんな
見たのでそのお
姉さんは、きまり
悪がって
気の
毒だとお
母さんが、おっしゃいました。」と、おばあさんが、いいました。
「おばあさん、ハイヒールでしょう。」
「そう、そう、そのハイヒールとかいうくつです。ちい
子ちゃん、くつはあんなのより、やはりこうした、かかとの
平らな、すこし
大きいくらいのが
体のためにいいのですよ。」
おばあさんは、たいくつなもので、だれとでも
話したかったのです。
「ちい
子ちゃん、そんなこと
覚えていますか。」
「わたし、
忘れたわ。」
「みんな
小さいときのことは、
忘れてしまうものかね。」
そのとき、
坊やは、ひとりで
歩いて、
教会堂の
門から、
外の
方へ
出ていこうとしていました。これを
見つけた、おばあさんは、
「あ、
坊や、ひとりでいっては、あぶないよ。」と、もう、ちい
子ちゃんのことなど
忘れて、
坊やの
後を
追っていきました。
「ほんとうに、
私、そんなことがあったかしらん。」
ちい
子ちゃんは、いまごろ
牧師さまのお
説教が
終わって、
先生のお
話がはじまる
時分だと
思って、ドアの
方へ、
足音軽く
歩いていきました。そして、
静かに
中へ
入っていきました。ちい
子ちゃんは、かわいいお
嬢ちゃんです。
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