仲よしがけんかした話
小川未明
風のない暖かな日でした。お宮の前に伸ちゃんと、清ちゃんと、そのほか女の子たちがいっしょになって遊んでいました。ときどき風が境内のすぎの林に当たると、ゴウーといって、海岸に寄せる波の音を思い出させたのであります。
「清ちゃん、撃剣ごっこをしようか。」と、伸ちゃんが、いいました。二人は、いつも学校へいっしょにいき、帰ってくると、いっしょに遊ぶ仲よしでありました。そして、まれに一人に用事があって、だまって先へいくことがあっても、おいていかれた一人は、そんなことで怒って、明くる日はもう誘いにいかないというようなことは、ありませんでした。
「あ、しようよ。」と、清ちゃんが、こたえたので、伸ちゃんは急いで、家へ帰って、たくさん新聞紙を持ってきました。そして、それを二分して、二人は、たがいにそれを堅く巻いて、新聞紙の棒を造りました。
「どっちが、勝つかなあ。」と、年ちゃんや、かね子さんが、おもしろがって見ていました。
「いいかい、三本勝負だよ。」と、清ちゃんが、いいました。
「年ちゃん、君審判になっておくれよ。」と、伸ちゃんが、いいました。
このとき、とき子さんも、つね子さんも、徳ちゃんも、あちらから駈けてきました。
「お面!」と、清ちゃんは、打ち込みました。
「だめ、いまのは、かすったのだ。」と、伸ちゃんは、頭を振りました。
「お胴!」と、今度は、伸ちゃんが打ち込みました。
「入った!」と、年ちゃんが、片手をあげて、叫びました。
「きっと、伸ちゃんの勝ちよ。」と、つね子さんが、伸ちゃんのひいきをしました。
「お胴!」と、清ちゃんが切り込みました。伸ちゃんは、それを受け止めようとして、持っている紙の棒を落としました。
「タイム!」と、伸ちゃんは、要求しました。そして、紙の棒を拾おうとすると、清ちゃんは、
「お面!」と、いって、伸ちゃんの頭をポン、ポンと二つたたきました。
つね子さんも、時子さんも、みんながげらげらと笑いました。
「おい、卑怯だよ!」と、伸ちゃんが、顔を真っ赤にすると、清ちゃんは、急に逃げ出しました。伸ちゃんは、みんなの前で、頭をたたかれたのを恥ずかしく思ったのでしょう。ほんとうに、このときばかりは怒って、清ちゃんの後を追いかけました。清ちゃんは、逃げ場を失って、酒屋さんの店へ飛び込みました。
「小僧さん、伸ちゃんが追いかけてきたのだ。助けておくれよ。」と、清ちゃんは、いいました。
「けんかをしたのか。早く、ここから裏の方へお逃げよ。」と、小僧さんは、黙って、木戸口を開けてくれました。すぐ後へ伸ちゃんが、息を切らして走ってきました。
「どこへいった?」と、小僧さんにききました。
「清ちゃんか、あっちへ逃げていったようだ。」と、ちがった方角を指さしました。
「うそだい、あいつ卑怯なんだよ。」と、伸ちゃんは、怒っていました。
「かんにんしておやりよ。」と、小僧さんは、笑っていました。
「あやまればいいのに、逃げるからさ。僕、ひどいめにあわせてやるのだ。」と、伸ちゃんは、いいながら、お宮の裏の方へまわっていきました。そして、どうしても清ちゃんがその道を通らねばお家へ帰れないところで、木の蔭に隠れて待っていました。
「かんにんして、おやりよ。」と、年ちゃんが、伸ちゃんのところへやってきました。伸ちゃんは、頭を振りました。年ちゃんは、あちらへいってしまいました。つぎに、かね子さんが、伸ちゃんのところへきました。
「お友だちをいじめるのはおよしなさい。」と、伸ちゃんにいいました。伸ちゃんは、かね子さんをにらみました。かね子さんも、あちらへいってしまいました。そのうちに日が暮れてきました。伸ちゃんは、木の下に一人いるのが、すこしさびしくなりました。
「清ちゃんが泣いているから、かんにんしておやりよ。」と、このとき、あちらから、とき子さんの、甲高い叫び声がしました。伸ちゃんは、はじめて勝ち誇ったように、お家の方へかけ出していきました。
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