やがてそこへ、おみよは
白い
菊の
花を
摘んで
帰ってきますと、もう
垣根のそばには、
乞食の
子の
影が
見えませんでした。そしてござのところへきて、これからごちそうをこしらえて
人形にやろうと
思いますと、
大切の
大切の
人形の
姿が、どこへいってしまったか
見えなかったのです。
おみよは
大騒ぎをしました。そして、どこへいったろうとあっちこっち
探していますと、そこへ
近所のおばあさんが
通りかかって、なにをそんなに、
探しているのかと
聞きましたから、
人形が
見えなくなったのだといいました。
「あ、そんなら、いまあちらへ、
乞食の
子が
人形を
抱いて、
頭をなでたり、ものをいったりして、
夢中になっていったから、それじゃないか。」と、おばあさんは
教えました。
おみよは、
自分もそれに
相違ないと
思いましたから、
急いでその
後を
追いましたけれど、もはやその
姿は
見えなかったのであります。
おみよは、どうしてもその
人形のことを
忘れることができませんでした。そして、あの
哀れな
乞食の
子をうらめしく
思いました。すると、おみよはその
晩、
不思議な
夢を
見たのであります。
なんでも、そこは
河辺のような
木のしげった
間に、
板や、
竹を
結びつけて、その
上を
草や、わらでふいた
哀れな
小屋の
中に、七つか八つになった
女の
子が、すみの
方にぼろにくるまって、あの
人形をたいせつに、しっかりと
抱いて
眠っていますと、
寒い
寒い
星の
光が、
小屋のすきまをもれてさしこんでいるのでありました。
目が
覚めると、おみよはその
乞食の
子がかわいそうでなりませんでした。けれど、まだ
彼女は、
人形のことを
思いきることができませんでした。
明くる
日、おみよは
学校へいって
先生に
問うたのであります。
「
先生、どんな
場合にでも、ものを
盗むということは
悪いことですか。」
「ものを
盗むということは、いちばん
悪いことです。」と、
先生は
目を
丸くしていいました。
「
先生、もしたいせつなものを
盗まれたときはどうします。」と、おみよは
聞きました。
「それは
学校でですか、
家でですか。」と、
先生は
問い
返しました。
「
家でです。」
「
巡査さんに
届けて、その
悪いことをした
奴を
縛ってもらうんです。あなたは、なにか
盗まれたんですか。」
「たいせつな
人形を
盗まれました。」
「
人形を? だれが
盗んだんです。」と、
先生はおみよの
顔を
見守りました。
「七つか八つになる
乞食の
女の
子です。」と、おみよは
答えました。
「
乞食の
子!」と、
先生はいって、しばらく
考えていましたが、
「あなたは、
巡査さんにいって
縛ったほうがいいか、また
堪忍してやったほうがいいか、どちらがいいと
思いますか。」と、
先生は、
今度は
反対におみよに
問い
返しました。
「
私は
堪忍してやったほうがいいと
思います。」と、おみよは
勇んでいいました。
「あなたは
人情のあるよい
子だ。そうです、そうしておやんなさい。」と、
先生はいって、おみよの
頭をなでました。
不思議にもおみよは、またその
晩、
同じような
夢を
見ました。
哀れな
小屋の
中に、七つか八つばかりの
乞食の
子がぼろにくるまって、しっかりと
人形を
抱いて
眠っているところへ、
寒い
大空の
星の
光がさしこんでいるのでありました。
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