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なつかしまれた人(2)
日期:2022-11-29 02:11  点击:241
 
おじいさんは、そこに居合いあわせた、仲間なかまわかれをげました。すると、そのひとたちは、
「おじいさん、あんまりきゅうじゃないか。名残惜なごりおしいな。しかし、めでたいことで、なによりけっこうだ。無事ぶじらさっしゃい。」といいました。
「さよなら。」
達者たっしゃらさっしゃい。」
仲間なかまは、口々くちぐちにいって、おじいさんのてゆく姿すがた名残惜なごりおしそうに見送みおくっていました。それから、みんなは、また、自分じぶんたちの仕事しごとにとりかかっていそがしそうにはたらいていました。
このとき、一だい貨物自動車かもつじどうしゃが、会社かいしゃもんからて、まちぎ、ある田舎道いなかみちにさしかかったのであります。くるまうえには、世帯道具しょたいどうぐがうずたかくまれていました。
もう、やがてはるになろうとしていたが、まださむかぜが、や、はやしいていました。雲切くもぎれのした、でこぼこのある田舎道いなかみち貨物自動車かもつじどうしゃは、ちょうどっぱらいのひとあしどりのように、おどりながら、ガタビシといわせてはしっていたのでした。たぶん、あるうちしででもあるとみえます。車台しゃだいうえでは、つくえが、いまにも道端みちばたしそうになるかとおもうと、はこが、いまにもころげてちはしないかとられましたが、それでも、それらは、くるまにしがみついてせられたままはしっていました。ちょうど、そのとき、なにかしらないべつのものが、みちうえちたのです。自動車じどうしゃは、そんなことにはづかず、そのままはしぎてしまいました。そして、さびしいみちには、だれもているものはありませんでした。
くるまうえから、ちたものは、勘太かんたじいさんの会社かいしゃるときまでにつけていた、半纒はんてん股引ももひきと帽子ぼうしでありました。おじいさんが、ひとまとめにして、うえせておいたのが、そのままはしして、ついにとされたのであります。
日暮ひぐがたげるからすが、あちらのはやしほういていました。
まち会社かいしゃでは、そののち、みんながおもしては、勘太かんたじいさんは、どうしたであろうとうわさしましたけれど、おじいさんからは、そののち、なんのたよりもなかったのです。そして、みんなからも、だんだんわすれられていこうとしました。
かれこれ一ねんばかりもたってからのことです。会社かいしゃはたらいている一人ひとり若者わかものが、あるまちから五ばかり、ひがしほうはなれている街道かいどう貨物自動車かもつじどうしゃとおってくると、勘太かんたじいさんが、ここにはたらいていた時分じぶんのようすそっくりで、とぼとぼと街道かいどうあるいているのをたといいました。
おじいさんをっている人々ひとびとは、このはなしをきくとをみはりました。
「それは、人違ひとちがいだろう……。おじいさんは、息子むすこむかえにきて、あたらしい着物きものにきかえてかえったのだから、またむかしのようすにかえるというはずがない。」と、あるものはいいました。
「いいや、勘太かんたじいさんに相違そういない。おれは、よほど、自動車じどうしゃめて、こえをかけようとおもったが、いそいでいたものだから、つい残念ざんねんなことをしてしまった。」
「おじいさんをて、自動車じどうしゃめないということがあるものか?」
「しかし、おじいさんなら、こまれば、またここへやってくるにちがいない。」
「いや、ああしていったんかえったのだから、きまりわるがっているのかもしれない。人間にんげん運命うんめいというものは、いつまたどんな境遇きょうぐうにならないともかぎらないからな。」
おれ、こんどつけたら、無理むりにも自動車じどうしゃせてつれてこよう……。」と、若者わかものはいったのでありました。
あるのこと、おじいさんをたという若者わかものは、また自動車じどうしゃって、その街道かいどうはしっていたのであります。
「いつか、この街道かいどうで、おじいさんをたのだが、つかってくれればいいがな。今日きょうばかりは、おじいさんをつかまえてやろう。そこで、場合ばあいによったら、自動車じどうしゃせてつれてゆこう……。」と、前方ぜんぽうをながめながらおもっていました。
あちらに、もりがあって、そのした人家じんかえるところへちかづいたときに、若者わかものは、勘太かんたじいさんが、あのやぶれた帽子ぼうしをかぶり、見覚みおぼえのある半纒はんてんて、股引ももひきをはいて、その時分じぶんよりはずっと元気げんきがなく、とぼとぼとあるいているうし姿すがたたのであります。
「おお、おじいさんがゆく……。」といって、若者わかものは、それにいつくと自動車じどうしゃめました。
勘太かんたおじいさんじゃないか?」と、若者わかものは、わめきました。
おじいさんはたちどまりました。そして、うしろをきました。
勘太かんたおじいさんじゃないか……。」
「ああそうだ。」とこたえました。
「おじいさんか……。」といって、若者わかものは、かおをのぞくと、いつのまにかひどくおいぼれて、両方りょうほうくさっていました。
「おまえは、どうして、そんなにおちぶれたい……。」といって、若者わかものはためいきをついたのです。
「いろいろ不幸ふこうがつづいてな。」
息子むすこさんは、どうしたい。」
んでしまった。」
「それは! おまえも不運ふうんなことだのう……。なぜ、またはやく、まちてこなかったのだ。」
まちへ……。」
「これからゆくか? もう、おまえに、そんな元気げんきがないか?」
「ああ、ゆく。」――若者わかものは、あまりにわりかたがひどいので、どうしようかとおもいましたが、みんなにつれていって、おじいさんをせてやりたいようなもしました。
このとき、あちらから、わかおんなと、子供こどもらがこちらへけてきました。
「おらのおじいさんを、どこへつれていかっしゃるつもりだ。」と、おんなおおきなこえでいいました。
若者わかものは、びっくりしました。
まちへ……。」
まちへ、なにしにさ。だれがたのんだい。」
おれは、勘太かんたじいさんと、まちでいっしょにはたらいたものだ。」
おんなは、あきれたようなかおつきをして、
勘太かんたじいさんなんてらない。うちのおじいさんは、もうろくしているで、はたらけやしない。」
「じゃ、人違ひとちがいか……。この着物きものはどうしたのだ。」と、若者わかものはききました。
この貧乏びんぼうな、もうろくをしたおじいさんは、どこからか、ててあったのをひろってきて、それをていたということがわかったのです。若者わかものは、このおいぼれたじいさんが、勘太かんたじいさんでなかったのをしあわせとおもいましたが、またべつないたましいかんじがして、そこをりました。なにもらぬ子供こどもらはめずらしそうに、あちらをいて、自動車じどうしゃとおざかりゆくかげ無心むしんにながめていたのであります。
――一九二六・一――
 

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