波荒くとも(1)
日期:2022-11-29 02:15 点击:284
波荒くとも
小川未明
一
鉛色をした、
冬の
朝でした。
往来には、まだあまり
人通りがなかったのです。
広い
路の
中央を
電車だけが、
潮の
押しよせるようなうなり
声をたて、うす
暗いうちから
往復していました。そして、コンクリート
造りの
建物の
多い
町の
中は、
日の
上らない
前の
寒さは、ことに
厳しかったのです。
十三、四の
小僧さんが、
自分の
体より
大きな
荷を
負って、ちょうど
押しつぶされるようなかっこうをして、
自転車に
乗って
走ってきたが、
突然ふらふらとなって、
自転車から
降りると、そのまま
大地の
上へかがんでしまいました。そこは
石造りの
銀行の
前でした。
堅く
閉まったとびらが、こちらを
向いてにらんでいるほか、だれも
見ているものがありません。
少年は、しばらくじっとしていたが、そのうちはうようにして、やっと
背中の
重い
荷物を
銀行の
入り
口の
石段の
上に
乗せて、はげしく
締めつける
胸の
重みをゆるめたが、まだ
気分が
悪いとみえて、
後ろ
頭を
箱につけて
仰向けになったまま
目を
閉じたのでした。
小さな
肩のあたりが、
穏やかならぬ
息づかいのためにふるえています。
小僧さんは、こんなにして
倒れていたけれど、ときどき
思い
出したように
電車のうなり
音が
訪れてくるほかは、だれもそばへよってきて、ようすをたずねるものもありませんでした。
この
少年は
去年の
秋、
田舎から
叔父さんを
頼って
上京しました。そして、ある
製菓工場へ
雇われてから、まだ
間がなかったのです。
今朝も
取次店へ
品物をとどけるために
出かけたのでした。二、三
日前からかぜぎみで
寒けがしていたのですけれど、すこしぐらいの
病気では
仕事を
休むことができません。
彼は、
無理をして
自転車を
走らせたのです。すると、
冷水を
浴びるように、
悪寒が
背筋を
流れて、
手足までぶるぶるとふるえました。
「こんな
病気に、
負けてなるものか。」
彼は、
歯噛みをしました。いくら
力を
入れても、
力の
入らない
足をもどかしがりました。すると、
今度は
体が
火のように
熱くなって、
耳が、ガンガンと
鳴り、
目の
中までかっかとしてきました。これはかなわぬと
思ううちに、
足が
重くなって、もう一
歩も
前へふみ
出せなくなってしまったのです。それから
後のことは、すこしもわかりませんでした。
「
雪のあるのは、ここだけだ。
村の
往来へ
出れば、
人通りがあるし、
歩くのが
楽になるからがまんをしろよ。さあ、
私の
後についてくるだ。」
重い
荷を
背負って、
先に
立って
母親が
歩きました。
少年は
後からついていきます。
母親の
負っている
行李には、
少年の
着物や、いろいろのものが
入っていました。
「
東京は、
雪がないというから、
結構なこった。あっちへ
着いたらすぐに
便りをよこせよ。」
「
叔父さんが、
停車場へ
迎えに
出ていてくれるかい。」
「
待っていてくださるとも。それでも、
所番地書いた
紙をなくすでないぞ。」
峠を
上ると、
小鳥が、そばの
枯れ
枝に
止まってさえずっていました。
「つぐみみたいだなあ。」
少年は、しばらく
立ち
止まって、それに
見とれていました。こんな
小鳥といっしょに
山の
中で
暮らしているほうが、
東京へいくよりは
幸福のように
感じられたのです。いつのまにか
母親の
姿が
遠くさきへいってしまいました。
少年は
驚いてその
後を
追ったが、どういうものか
足が
重くて、なかなか
動きません。いくら
早く
走ろうとしても
足が
進みません。ただ
気が
急いで、
体をもだえているばかりでした。
小僧さんは、
苦しいうちに、こんな
夢を
見ているのでした。
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