三
みつ
子は、
歩きながら、
自分の
弟のことを
思い
出していました。ちょうど
年ごろもあの
小僧さんと
同じくらいです。
雪まじりの
北風の
吹きつける
窓の
下で、
弟は
父親のそばでわらじを
造ったり、なわをなったりしているであろう。
下を
向いて、だまっている
父親は、
「すこし
休めや。」と、ときどき
顔を
上げていうであろう。そして、
炉に
枯れ
枝や、
松の
落ち
葉などを
入れるであろう。しばらく、
青い、
香りのする
煙が、もくもくとしているが、そのうちにぱっと
火が
燃えついて、へやのすみまで
明くなる。
遠くで、からすの
鳴き
声がする。
弟は、
自分から
送った
少年雑誌を
出して、さも、
大事にして
楽しそうにして
開いて
見る。
弟は、めずらしい
写真に
見入ったり、また
書いてあるおもしろそうな
記事に、
心を
奪われて、いろいろの
空想にふけるであろうと
思ったのでした。
「あの
小僧さんは、あれからどうなったろう。」と、
彼女は、一
日仕事をしながらも
思っていました。
そのうちに
日が
暮れて、その
日の
用事が
終わると、
彼女は、
自分のへやへ
入って、このあいだ、
弟の
清二からきた
手紙を
出してなつかしそうに、また
読み
返していたのです。
「
姉さん、
僕、
雪の
消えるのを
待っているんだよ。そうしたら
今年はお
父さんと
裏のかや
山を
開墾して、
畑を
造るのだ。
枯れ
草に
火をつけてたいたり、
根を
掘り
起こしたりするのが、いまから
楽しみなんだ。そして、
兄さんが、
凱旋していらっしゃるまでに
豆をまいたり、
芋を
作ったりしておいて、
兄さんをびっくりさせるんだ。なぜなら、
兄さんだって、あのかや
山には、ちょっと
手がつけられなかったのだからな。
姉さん、
僕は、
満洲へでも、どこへでもいけるよ。
僕がいくときは、
隣の
徳ちゃんも、いっしょにいくというんだ。
二人でなら、うちのお
父さんも
許してくださると
思っている。
姉さん、なにか
満洲のことを
書いた
本があったら、どうか
送ってください。
僕、とても
見たいのだから……。」と、
書いてありました。
みつ
子は、いつも
弟の
元気でいるのをうれしく
思いました。そして、たえず
希望にもえているのをなんとなくいじらしく
思いました。しかし、これからの
世の
中へ
出て、ひとり
立ちしていくには、どこにいても、
今朝の
小僧さんのように
辛いめにもあうことがあるだろう……。そして、それに
打ち
勝っていかなければならぬのだと
思うと、また、
心の
中が
暗くなるのでした。
「どうぞ、
神さま、
小さな
弟や、
弟のような
少年をば
助けてやってください。」と、みつ
子は、へやの
中でしばらく
瞑目して
合掌していたのであります。
翌日、みつ
子は、
用達の
帰りに、わざわざ
交番へ
立ち
寄りました。
小僧さんのようすを
聞きたかったからです。やはり
病気をがまんして、
重い
荷を
負って
出たためにたおれたのだということでした。そして、
小僧さんは、
主人を
呼び
出して
引きわたされたというのであります。
「
小さくて、
家のため、
親のために
働くような
子供は、みんな
感心な
子供だから、よくめんどうをみて、しんせつにしてやらなければならぬと、
主人にいいわたした。」と、
巡査さんは、いわれました。
「ほんとうに、そうです。」と、みつ
子は、
深く
感じたので、
丁寧に
頭を
下げて、
交番を
出ましたが、
道を
歩きながら、もし、その
主人というのが、
薄情で、もののわからぬ
人物であったらどうであろう。
自分のしかられたことを
恨みにもって、かえって
哀れな
小僧さんをいじめはしないかしらと
考えると、やさしいみつ
子の
心にはまた
新しい
心配が、
生じたのでした。
「そんなことはないわ。そんなことがあれば、またしかられるでしょう。きっと、
主人は、ああ
自分が
悪かった、
不注意だったとさとって、これから、あの
小僧さんや、ほかの
小僧さんたちをかわいがるにちがいない。みんな
日本人ですもの……。」
彼女は、
自分の
心配が、つまらない
心配であることを
知ったのであります。
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