二
北方人の
目には、
島の
景色が、いつまでも
残っていました。また、つばめが、たくさんこの
島にすんでいたこと、
島の
人たちが、みずから、その
島をつばめの
島といっていたことも
忘れることができませんでした。
こうして、三
人の
乗った
船は、かぎりない、
青い
海に
吸いこまれるごとく、あてもなくただよいはじめたのです。
島の
人々が、どちらに
太陽を
見てゆくときは、どの
方向へゆくということを
教えてくれたので、それをただ一つのたよりとしました。
しかし、
北へ
帰る
旅も、
無事ではありませんでした。一
片の
木の
葉にもひとしい、たよりない
船は、ある
日、また
風のために
吹き
流されて、
知らぬ
他国の
岸に
着けられたのでした。そして、その
国の
人たちは、
島の
人々のように、しんせつではありませんでした。三
人は、さっそく
金に
困ったのでした。
身につけているもので、
売って
金目になるようなものはなにもありません。このとき、
一人は、
島の
娘からもらったボタンに
気がつきました。
「おい、
兄弟、なんともいえないきれいなボタンだが、これは
金にならないものだろうか。」
こういうと、
二人は、
頭をかしげました。
「そうだな、たいした
金にもなるまいが、ひとつ
見せてみようか。」といいました。
それから、
町を
歩きまわって、いろいろめずらしいものを
売る
店にはいって、そのボタンを
見せたのです。すると、
主人らしい
男が、その六
個のボタンを
手にとって、じっとながめていましたが、
「いくらで
売るか。」といって
聞きました。
三
人は、
自分たちは、
風に
流されて、こんなに
遠くきたことを
話しました。それで、
故郷に
帰る
旅費にでもなればいいということを――
心のうちでは、そんなになるとは
思わなかったけれど――いったのでありました。
「いくら、お
入り
用か
知らないが、
精いっぱいにいただいて、
金貨五つとならお
換えいたします。」と、
主人はいいました。
彼らは、ほんとうに、
思いもよらぬ
金になったとよろこびました。それで、ボタンを
売って、
自分たちの
故郷をさして
旅立ったのであります。それからまた
幾日かのあいだ
苦しみました。そして、ついに
彼らは、なつかしい
故郷に
帰って、
兄弟や、
親たちの
顔を
見ることができたのでした。
「あのボタンは、なんだったろう。」
三
人は、いまから
考えると、あれが、
普通の
貝ではなかったような
気がしました。そして、あの
島のことを
思うと、まったく、
夢のような、ふしぎな
気がします。
美しい
娘たちも、しんせつな
島の
人たちも、
木立も、あの
赤い
燈台の
火も……。
「もう一
度、あの
島へいってみたいな。」
三
人は、
顔を
見ると、そのときのことを
語りあって、
遠い
南の
海を
空想しました。そして、
春になって、つばめが
飛んできたとき、
「あの
島からきたのだ。つばめの
島からきたのだ。」といって、このりこうな
鳥を
歓迎しました。
町の
人たちは、三
人から、つばめの
島の
話を
聞いて、そんな、いいところが、この
世界のどこかにあるのかと
思いました。
「つばめは、
幸福を
持ってきたのだ。」といって、どこの
家でも、
自分の
家のなかに
巣をつくってくれるようにと
望んだのです。こうして、いつということなしに、つばめは
北方へ
飛んでいけば、
人間は
自分たちを
保護してくれるものでこそあれ、けっして
害を
加えるものでないことを
知ったのであります。
夏のおわりになると、つばめは、
北から
南へと、
紫色のつばさをひろげて、
帰ってゆきました。
冬のない
南方は、まだ
真夏であります。
湖の
水は、
銀のごとく、
日の
光を
反射していました。
片方は、
高いがけになって、ちょうど
切り
落とされたように、
赤い
地はだを
静かな
水の
面にうつしていました。
そのがけの
半腹に、
円いあなをうがって、
一家族のつばめは、
巣をつくりました。そして、
子どもを、あなの
中に
産みそだてていました。
ある
日、
親つばめは、そのあなの
中から
出て、
湖水の
上を
矢のようにかけてゆきました。ちょうど、そのとき、あのしげみに、一
羽のかわせみが、しょんぼりとしてたたずんでいたが、
頭の
上を
通りかかるつばめを
見ると、
急に
声をかけて、
呼び
止めました。
つばめは、
何事かと
思って、
舞い
下りると、一
本の
強そうなあしに
止まったのであります。
「どうなさったのですか。」と、
快活に、つばめはたずねました。
「
弟はどうしたのでしょう、まだ
帰ってこないのですが、あなたは、ごらんになりませんでしたか。」と、かわせみは、
心配そうに
聞いたのであります。
つばめは、いまそのことを
思い
出したように、うなずきながら、
「それは、
高い
山に、いつも
雪のある
北の
国の
町でした。ある
日、
私は
飛んでいますと、一
軒の
薬屋のガラス
戸のはまった
店さきに、めずらしい
鳥のはくせいがありました。
私は、
見おぼえのあるような
気がしたが、そのときは、
急いでいましたので、よくそれを
見ませんでしたが、あれは、あなたの
弟さんではなかったようです。きっと、そのうちに、
帰っておいでになりますよ。」と、なぐさめるようにいいました。
かわせみは、うらやましそうに、つばめを
見上げながら、
「あなたたちは、どこへいっても、
人間にかわいがられて、おしあわせですこと。」と、
感嘆いたしました。
つばめは、それを
打ち
消すように、
羽ばたきをして、おしゃべりをはじめました。
「
北の
国では、そうでありましても、こちらへきては、なかなか
油断がなりません。へびが
子どもをねらっていますから。」と
答えました。
かわせみは、すばしこく
水の
上をいったり、きたりしながら、
「こんどの
巣は、なかなか
安心な
場所じゃありませんか。それに、
巣のまわりの
木の
枝には、
毛虫がたくさんついていますから、そんなに
遠くまでいって
餌をおさがしなさらなくてもいいかと
思います。」
「かわせみさん、そこが、
私の
用心深いところなんですよ。だれもすぐあなのまわりに、
私たちの
好きな
食物があると
思うでしょう。
私が、それを
捕らないのは、
巣のあり
場をかくすためです。こういう
秘密も、
仲のいいあなたにだけお
教えするのですよ。」と、つばめは、さも、じまんそうにいいました。そして、
立ち
去ったのであります。
あなにいた
子つばめは、
母つばめの
後をしたいました。もう、
目はあいていたから、チイ、チイと
鳴いて、あなの
入り
口まではい
出て、お
母さんの
許しなしに、
赤いほおを
出して
外の
世界をのぞいたのです。
きらきらとした、
美しい
水が、
目の
下にあふれていました。そして、すぐあなの
前へ
差し
出た
青い
葉のついている
枝に、
自分たちの
好きな、いつも
母親が、どこか
遠方から
持ってきてくれるのと
同じい
毛虫が、うようよとして
動いているのを
見ました。
「これは、どうしたというのだろう? お
母さんはこれを
知らないのか?」
子つばめたちは、
首をのばして、あらそってそれをとろうとしました。そして、つぎの
瞬間に、みんな
湖水の
中に
落ちておぼれてしまいました。
親つばめは、まだそれを
知りませんでした。
りこうで、
幸福な
鳥として
知られているつばめらも、
南の
方に
帰ると、こうした
思わぬわざわいにかかることもあったのです。
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