(何となく、一帯に日暮方 の景色となる。)
第二の見慣れぬ旅人 (進み寄って、小舎の壁板を叩く。)何の第一の見慣れぬ旅人 あなたは、この小舎に人が死んでいると言われるのですか。
第二の見慣れぬ旅人 人の死骸があるばかりでない。毒草が腐れた床から、壁の間から延びて闇の中に黒い厚い葉を拡げているのだ。
第一の見慣れぬ旅人 私は、そう思わない。この小舎の中には何もない。もはやこの家に住んでいた人がこの
第三の見慣れぬ旅人 私は、今夜この小舎の軒に泊る。而して疲れた足を休めたいと思う。
第一の見慣れぬ旅人 どうせ果しのない旅だ。私は、昼となく夜となく歩いて行こう。
第二の見慣れぬ旅人 大空に穴の明いたように、
第三の見慣れぬ旅人 窓が開いたら、死ぬって?……
第二の見慣れぬ旅人 窓が開いたら、死ぬって? (第一の旅人の顔を見る。)
第一の見慣れぬ旅人 開かぬ。決して開かぬ。開いたら奇蹟じゃ。(第三の旅人の顔を見る。)而して真夜中の沙原を吹く風が氷のように肌を冷すと思っている。(眼を転じて第二の見慣れぬ旅人を見て)
第二の見慣れぬ旅人 私も、そう思う。ただ、考えたくない。何とか手足を動かして気がまぎれるようにしたい。
第三の見慣れぬ旅人 私は、この小舎の軒で静かに寝て夢を見たい。眼が醒めたら、星を見て未来を考えたい。――死骸が横わっているという――古い瓶や、壜が転っているという――私は昔の古い夢を見たい。怖しい悪魔の夢を見たい。
第一の見慣れぬ旅人 何故、怖しい夢を――懐かしい夢を見たいと言われぬのか……。
第三の見慣れぬ旅人 どちらも見たい。私は詩人である。
第一の見慣れぬ旅人 あなたは詩人ですか。(驚いた風にて、第三の旅人の顔を見る。)
第三の見慣れぬ旅人 (得意な
第二の見慣れぬ旅人 詩人には怖しいものも、
第一の見慣れぬ旅人 私共は、先へ参ります。御機嫌よう。
(第一の見慣れぬ旅人、第二の見慣れぬ旅人、相顧 みて沙原を歩いて、地平線を望んで行く、日は既に奈落 に沈んで、ただ淋しげに紅く微笑む黄昏 の空の色。)
第三の見慣れぬ旅人 (小舎の窓に歩み寄って叩く。)古い記憶にあるような古びた小舎。私だ。私だ。どうか窓を開けてくれ。而して、私に中を覗かせてくれ。……悪魔! 悪魔! 私は、暗い奥を見たいのだ。私は秘密を知りたいのだ。而して、窓が開いて、中から黒い毒気が洩れ第三の見慣れぬ旅人 もう全く日が暮れてしまった。ほんの
(天地全く薄明となって、旅人の顔がほんのりと白く見えるばかり。この時、窓が、さながら秘密の口の開くように次第に開きかかる。見ている間に、漸々開いて、小舎の片隅に四角な暗い穴が出来た。この時、白い衣物を着た女が窓の際に現われる。胸より下は隠れて、胸より上が現われる。頭髪 を長く後に垂れて、僅 かに顔の白いのと衣物の白いのとが薄暗 の裡にほんのりと見えるばかりだ。)
白い衣物を着た女 (白い花弁を撒き散す。雪のように白い花弁は眠っている旅人の上にかかる。)よく旅人は眠ってしまった。楽器を捨てて、手を投げ出して、あの疲れた心臓から洩れる息の音が、この静かな薄暗に鼓動をうって聞きとれるようだ。(間)日も……(暫らく死せる如き沈黙)……
(この時、数人の旅人の一群、各々手に裸蝋燭 を点 して来かかる。)
第四の見慣れぬ旅人 ここに倒れている者がある。第五の見慣れぬ旅人 この小舎は気味の悪い小舎だ。
第六の見慣れぬ旅人 窓が閉っている。窓の下に倒れているのは、眠っているのだろう。
第四の見慣れぬ旅人 何んだか見覚えのあるような小舎だ。(蝋燭を
第七の見慣れぬ旅人 (蝋燭にて倒れたる旅人の顔を照して)この歌うたいは、何処かで見たように覚えている。
第六の見慣れぬ旅人 (手にて倒れたる旅人を揺り起す。)や、(驚いて)この歌うたいは冷いぞ。
第四の見慣れぬ旅人 死んでいるのか。
第七の見慣れぬ旅人 この歌うたいは、Xの町を幾年前かに通ったことがある歌うたいに似ている。(蝋燭にて死せる人の顔を照して)たしかにこの男だ。毎日、Xの町を歌をうたってマンドリンを弾いて歩いた。そのうち、或る家の寡婦と恋に陥った。なんでもこの歌うたいのうたって歩いた歌を覚えている。(少し考えて)なんでも……或る古物商の
第五の見慣れぬ旅人 その歌うたいに相違ないか。
第七の見慣れぬ旅人 保証は出来ぬが、その歌うたいによく似ている。
第六の見慣れぬ旅人 毒でも飲んで死んだのだろうか。
第五の見慣れぬ旅人
第四の見慣れぬ旅人 よくあることだ。
第六の見慣れぬ旅人 また、今夜も夢見がよくない。
第五の見慣れぬ旅人 夜が、長くなった。
第七の見慣れぬ旅人 この旅人を葬ってやりたいものだ。
(旅人の一群は倒れたる歌うたいを取り巻いて暫時 思いに沈む。この時、日の沈んだと反対の地平線から、赤い月が上った。その色は地震があるか、風が出るか、悪いことのある前兆と見えて、頭痛のするように悩ましげな赤い不安な色であった。)
第五の見慣れぬ旅人 あの、月の色を見い。第四、第五の見慣れぬ旅人 あの、月の色は……。
(一同月の方を振向いて不安の思いに眉を顰 む……沈黙……。)