眠い町(1)
日期:2022-12-03 23:59 点击:274
眠い町
小川未明
一
この
少年は、
名を
知られなかった。
私は
仮にケーと
名づけておきます。
ケーがこの
世界を
旅行したことがありました。ある
日、
彼は
不思議な
町にきました。この
町は「
眠い
町」という
名がついておりました。
見ると、なんとなく
活気がない。また
音ひとつ
聞こえてこない
寂然とした
町であります。また
建物といっては、いずれも
古びていて、
壊れたところも
修繕するではなく、
烟ひとつ
上がっているのが
見えません。それは
工場などがひとつもないからでありました。
町はだらだらとして、
平地の
上に
横たわっているばかりであります。しかるに、どうしてこの
町を「
眠い
町」というかといいますと、だれでもこの
町を
通ったものは、
不思議なことには、しぜんと
体が
疲れてきて
眠くなるからでありました。それで
日に
幾人となくこの
町を
通る
旅人が、みなこの
町にきかかると、
急に
体に
疲れを
覚えて
眠くなりますので、
町はずれの
木かげの
下や、もしくは
町の
中にある
石の
上に
腰を
下ろして、しばらく
休もうといたしまするうちに、まるで
深い
深い
穴の
中にでも
引き
込まれるように
眠くなって、つい
知らず
知らず
眠ってしまいます。
ようやく
目がさめた
時分には、もういつしか
日が
暮れかかっているので、
驚いて
起ち
上がって
道を
急ぐのでありました。この
話がだれからだれに
伝わるとなく
広がって、
旅する
人々はこの
町を
通ることをおそれました。そして、わざわざこの
町を
通ることを
避けて、ほかのほうを
遠まわりをしてゆくものもありました。
ケーは、
人々のおそれるこの「
眠い
町」が
見たかったのです。
人の
恐ろしがる
町へいってみたいものだ。
己ばかりはけっして
眠くなったとて、
我慢をして
眠りはしないと
心に
決めて、
好奇心の
誘うままに、その「
眠い
町」の
方を
指して
歩いてきました。
二
なるほどこの
町にきてみると、それは
人々のいったように
気味の
悪い
町でありました。
音ひとつ
聞こえるではなく、
寂然として
昼間も
夜のようでありました。また
烟ひとつ
上がっているではなく、なにひとつ
見るようなものはありません。どの
家も
戸を
閉めきっています。まるで
町全体が、ちょうど
死んだもののように
静かでありました。
ケーは
壊れかかった
黄色な
土のへいについて
歩いたり、
破れた
戸のすきまから
中のようすをのぞいたりしました。けれど、
家の
中には
人が
住んでいるのか、それともだれも
住んでいないのかわからないほど
静かでありました。たまたまやせた
犬が、どこからきたものか、ひょろひょろとした
歩みつきで
町の
中をうろついているのを
見ました。ケーは、この
犬はきっと
旅人が
連れてきた
犬であろう、それがこの
町の
中で
主人を
見失って、こうしてうろついているのであろうと
思いました。ケーはこうして、この
町の
中を
探検していますうちに、いつともなしに
体が
疲れてきました。
「ははあ、なんだか
疲れて、
眠くなってきたぞ。ここで
眠っちゃならない。
我慢をしていなくちゃならない。」
と、ケーは
独り
言をして、
自分で
気を
励ましました。
けれど、それは、ちょうど
麻酔薬をかがされたときのように、
体がだんだんしびれてきました。そして、もうすこしでもこうしていることができなくなったほど、
眠くなってきましたので、ケーはついに
我慢がしきれなくなって、そこのへいの
辺に
倒れたまま、
前後も
忘れて
高いいびきをかいて
寝入ってしまいました。
分享到: