三
よく
眠ったと
思いますと、だれか
自分を
揺り
起こしているようでありましたから、ケーは
驚いて
目をみはって
起き
上がりますと、いつのまにやら
日はまったく
暮れていて、
四辺には
青い
月の
光が
冷ややかに
彩っていました。
「もう
何時ごろだろう、これはしまったことをしてしまった。いくら
眠くても、
我慢をして
眠るのではなかったが。」
と、ケーは
大いに
後悔しました。けれども、もはやしかたがありません。
彼は、そこに
落ちていた
自分の
帽子を
拾い
上げて、それをかぶりました。
そして
四辺を
見まわしますと、すぐ
自分のそばに
一人のじいさんが、
大きな
袋をかついで
立っていました。
ケーは、このじいさんを
見ると、だれか
自分を
揺り
起こしたように
思ったが、このじいさんであったかと
考えましたから、
彼は
臆する
色なく、そのじいさんの
方に
歩いて
近づきました。
月の
光で、よくそのじいさんの
姿を
見守ると、
破れた
洋服を
着て、
古くなったぼろぐつをはいていました。もうだいぶの
年とみえて、
白いひげが
伸びていました。
「あなたはだれですか。」
と、
少年は
声に
力を
入れて
問いました。
するとじいさんは、とぼとぼとした
歩きつきをして、ケーの
方に
寄ってきて、
「
私だ、おまえを
起こしたのは!
私はおまえに
頼みがある。じつは
私がこの
眠い
町を
建てたのだ。
私はこの
町の
主である。けれど、おまえも
見るように、
私はもうだいぶ
年を
取っている。それで、おまえに
頼みがあるのだが、ひとつ
私の
頼みを
聞いてくれぬか。」
と、そのじいさんは、この
少年に
話しかけました。
ケーは、こういってじいさんから
頼まれれば、
男子として
聞いてやらぬわけにはゆきません。
「
僕の
力でできることなら、なんでもしてあげよう。」
ケーは、このじいさんに
誓いました。じいさんは、この
少年の
言葉を
聞いて、ひじょうに
喜びました。
「やっと
私は
安心した。そんならおまえに
話すとしよう。
私は、この
世界に
昔から
住んでいた
人間である。けれど、どこからか
新しい
人間がやってきて、
私の
領土をみんな
奪ってしまった。そして
私の
持っていた
土地の
上に
鉄道を
敷いたり
汽船を
走らせたり、
電信をかけたりしている。こうしてゆくと、いつかこの
地球の
上は、一
本の
木も一つの
花も
見られなくなってしまうだろう。
私は
昔から
美しいこの
山や、
森林や、
花の
咲く
野原を
愛する。いまの
人間はすこしの
休息もなく、
疲れということも
感じなかったら、またたくまにこの
地球の
上は
砂漠となってしまうのだ。
私は
疲労の
砂漠から、
袋にその
疲労の
砂を
持ってきた。
私は
背中にその
袋をしょっている。この
砂をすこしばかり、どんなものの
上にでも
振りかけたなら、そのものは、すぐに
腐れ、さび、もしくは
疲れてしまう。で、おまえにこの
袋の
中の
砂を
分けてやるから、これからこの
世界を
歩くところは、どこにでもすこしずつ、この
砂をまいていってくれい。」
と、じいさんは、ケーに
頼んだのでありました。
四
少年は、じいさんから、
不思議な
頼みを
受けて、
袋を
持って、この
地球の
上を
歩きました。ある
日、
彼はアルプス
山の
中を
歩いていますと、いうにいわれぬいい
景色のところがありました。そこには
幾百
人の
土方や
工夫が
入っていて、
昔からの
大木をきり
倒し、みごとな
石をダイナマイトで
打ち
砕いて、その
後から
鉄道を
敷いておりました。そこで
少年は、
袋の
中から
砂を
取り
出して、せっかく
敷いたレールの
上に
振りかけました。すると、
見るまに
白く
光っていた
鋼鉄のレールは
真っ
赤にさびたように
見えたのでありました……。
またある
繁華な
雑沓をきわめた
都会をケーが
歩いていましたときに、むこうから
走ってきた
自動車が、
危うく
殺すばかりに
一人のでっち
小僧をはねとばして、ふりむきもせずゆきすぎようとしましたから、
彼は
袋の
砂をつかむが
早いか、
車輪に
投げかけました。すると
見るまに
車の
運転は
止まってしまいました。で、
群集は、この
無礼な
自動車を
難なく
押さえることができました。
またあるとき、ケーは
土木工事をしているそばを
通りかかりますと、
多くの
人足が
疲れて
汗を
流していました。それを
見ると
気の
毒になりましたから、
彼は、ごくすこしばかりの
砂を
監督人の
体にまきかけました。と、
監督は、たちまちの
間に
眠気をもよおし、
「さあ、みんなも、ちっと
休むだ。」
といって、
彼は、そこにある
帽子を
頭に
当てて
日の
光をさえぎりながら、ぐうぐうと
寝こんでしまいました。
ケーは、
汽車に乗ったり、
汽船に
乗ったり、また
鉄工場にいったりして、この
砂をいたるところでまきましたから、とうとう
砂はなくなってしまいました。
「この
砂がなくなったら、ふたたびこの
眠い
町に
帰ってこい。すると、この
国の
皇子にしてやる。」
と、じいさんのいった
言葉を
思い
出し、
少年は、じいさんにあおうと
思って、「
眠い
町」に
旅出をしました。
幾日かの
後「
眠い
町」にきました。けれども、いつのまにか
昔見たような
灰色の
建物は
跡形もありませんでした。のみならず、そこには
大きな
建物が
並んで、
烟が
空にみなぎっているばかりでなく、
鉄工場からは
響きが
起こってきて、
電線はくもの
巣のように
張られ、
電車は
市中を
縦横に
走っていました。
この
有り
様を
見ると、あまりの
驚きに、
少年は
声をたてることもできず、
驚きの
眼をみはって、いっしょうけんめいにその
光景を
見守っていました。
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