野菊の花(1)
日期:2022-12-03 23:59 点击:280
野菊の花
小川未明
一
正二くんの
打ちふる
細い
竹の
棒は、
青い
初秋の
空の
下で、しなしなと
光って
見えました。
「
正ちゃん、とんぼが
捕れたかい。」
まだ、
草のいきいきとして、
生えている
土の
上を
飛んで、
清吉は、こちらへかけてきました。
「
清ちゃん、
僕いまきたばかりなのさ。あの
桜の
木の
下に、
犬が
捨ててあるよ。」と、
正二はこのとき、
鳥の
飛んでいく
方を
指しながら、いいました。
「ほんとう、どんな
犬の
子?」
「
白と
黒のぶちで、
耳が
垂れていて、かわいいよ。」
「それで、どうしたの。」と、
清吉は、ききました。
「みんな、
見てるよ。」
「
困るね。
僕たちの
遊ぶ
原っぱへ
捨てるなんて、だれだろうなあ。」
清吉の
心は、もうそのほうへ
奪われてしまいました。
棒を
持った
正二も、
清吉についてきました。
二人は、
並んで
歩きながら、
話をしました。
「このあいだ、どこかの
若いおばさんが、ねこの
子をこの
原っぱへ
捨てにきたとき、
正ちゃんはおらなかったかな。」
「ああ、おったとも。
僕たち、ボールを
投げていたじゃないか。まだ三十ぐらいのやさしそうなおばさんだったろう。」
「なにがやさしいものか。だれか
見ていないかと、くるくるあたりを
見まわしてから、ふいに、ぽいとねこの
子を
草の
中へ
投げたんだよ。ねこはニャア、ニャアと
泣いている。あまりかわいそうだから、
僕、おばさんを
追いかけたのだ。なんでねこの
子をこんなところへ
捨てるんですか、かわいそうじゃありませんかといったのさ。」
「そうだったね。」
「そうすると、おばさんは、
怖い
目をして
僕の
方を
振り
返ったんだよ。うちのねこじゃありませんよ、お
勝手へ
入ってきてうるさいから、ここへ
持ってきて
置いていくのですと。」
清吉は、そのときのことを
思い
出すと、いまでも
小さな
胸が、
熱くなるのを
覚えました。
「しかし、よかったね。
洋服屋のおじさんがちょうど
通りかかって、ねずみが
出て
困っているのだからといって、つれていってくれたので。」と、
正二は、いいました。
「あのねこ、どうしたろうね。」
「いるよ。
僕このあいだ
前を
通ったら、ガラス
戸の
中で、
表の
方を
向いて、
顔を
洗っているのが
見えた。」
「
手をなめて、
顔を
洗っていたの、かわいいなあ。」
清吉も、この
話をきいて、
目を
細くして
笑いました。
「
犬も、ねこも、みんななにも
知らないので、かわいいよ。」
「それだのに、この
原っぱへ
捨てるなんて、こんど、ここへ
犬やねこを
捨てるべからずと
書いて、
札を
立てようか。」と、
清吉がいいました。
「そうだね。
僕たちの
原っぱへ
捨てられた
犬やねこは、
僕たちの
責任となるからね。」
二人が、
桜の
木の
下へやってくると、
小さな
箱の
中に
犬が
入って、ほかの
子供たちは、
犬の
頭をなでたり、お
菓子をやったりしていました。けれど、まだやっと
目があいたばかりで、
犬はただ
小さな
尾をぴちぴち
左右に
振るばかり、
堅いお
菓子を
食べることができませんでした。
「おとこだよ。」と、
年ちゃんが、いいました。
「
君の
家で、
飼わない?」
「めんどうだといって、お
母さんが、
飼ってくれないだろう。」
「このごろ、お
米が
足りないので、みんなが
犬を
飼わなくなったんだってね。」と、
一人が、いいました。
「
自分が
食べる
分を、ちっと
分けてやればいいのだろう。」と、
正二は、
棒を
土の
上へ
投げて、
犬を
抱き
上げました。
清吉は、
上衣のポケットを
探していたが、
破れた
鼻紙といっしょに五
銭の
白銅を
出して、
「
釣りにいくとき、
針を
買うのにもらったのだ。これで
牛乳を
買ってきてやろうよ。だれか、いちばん
家の
近いものが、おさらを
持ってこない。」
すぐに、
勇ちゃんは、かけていきました。
やがて、一
枚のさらを
持ってきました。
「このさらいらないの。」
「いらないよ。」
清吉と
勇ちゃんは、
町の
方へ
出かけていきました。
二人がいなくなった、
後でした。
「
年ちゃん、だれか
犬の
子をもらうものはないかね。」と、
正二が、いいました。
「
捨て
犬をもらうところがあると、いつかお
父さんがいったよ。」
「どこだい、きいておくれよ。」
「お
父さんが、お
役所から
帰ったらきく。」
「
殺してしまうんでないだろうな。」
「
年ちゃん、
殺すんだったらだめだぜ。」
「もちよ。」
小犬は、
腹がすいたか、
母犬のお
乳が
恋しくなったか、クンクン
泣いていました。
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