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残された日(2)
日期:2022-12-04 08:13  点击:219
 
と、先生せんせいはいって、また一どうをじろじろとまわしました。長吉ちょうきちこころのうちでどうか自分じぶんはのがれてくれればいいがと、くびをすくめていました。
吉田よしださん、て、だいばんめをおきなさい。」
と、先生せんせいはいいました。長吉ちょうきちはやっと自分じぶんでなかったので安心あんしんしましたが、吉田よしだばれた生徒せいと自分じぶんとはわずかに二、三にんあいだへだてているくらいでありましたから、なんとなくのがれがたいようながしてむねがどきどきいたしました。吉田よしだはぐずぐずしてすぐにていかなかったので、いっそう長吉ちょうきちがいらいらして、もし自分じぶんにあたったらどうしよう、このまえのときも自分じぶんはできなかったのだから、きっとしかられるにちがいがないとをもんでいました。それでもついに吉田よしだてゆきました。そして黒板こくばんこたえをきました。それはとどこおりなくできていたので、吉田よしだかおはなやいでうれしそうでありました。
今度こんどは……だいばんめを、中村なかむらさん、ておきなさい。」
と、俄然がぜん先生せんせい命令めいれいは、長吉ちょうきちあたまうえちたのであります。かれみみけるようにあつくなって、きゅうのぼってかお赫々かくかくとなりました。かれてもけなかったから、いつまでもぐずぐずしていました。すると、
「さあ、はやくおいでなさい。あなたは、してこなかったのでしょう。このまえのときもしなかったじゃありませんか。」
と、先生せんせいは、かんしゃくをこしていいました。けれど長吉ちょうきちしたいて、だまっていてついになかったのです。
「よろしい。今日きょうかえってはいけませんよ。あとにおのこんなさい。」
と、先生せんせいおこったこえでいいつけて手帳てちょうになにかれました。
長吉ちょうきちは、もうしかたがなかったのです。こころのうちでいのったことがなんのやくにもたなかったのです。そしてそのは、ほかの生徒せいとらがいさんでかえってしまったにかかわらず、ひと教室きょうしつのこっていたのです。ひろ教場きょうじょうなかに、ただ自分じぶんひとりぎりになるときゅう四辺あたりさむく、わびしくなってえました。いままでそこにはったかおがあったのが、まったく空漠くうばくとなってつくえだけがならんでいるばかりです。そしてうすにごったようにくもったガラスまどをとおしてそとますと、灰色はいいろさむそうなそらひくがっていて、一めんしたにはゆきもっているのでした。
だんだんときがたつにしたがって、長吉ちょうきち心細こころぼそくなってきました。そして、いまごろおかあさんは自分じぶんかえりがおそいからどんなに心配しんぱいしていなさるだろうとおもいますと、かえって自分じぶんでなかったのです。そのとき、さむかぜかれてどこからともなく、からすが一んできて、まどぎわにっていたかきのえだまりました。そしてくびをかしげてこちらをのぞいて、
「あほう、あほう。」
とあざけるようにないて、またいずこへとなくってしまいました。長吉ちょうきちはもはやむねうちかなしみでいっぱいでしたから、これにたいしておこにもなれませんでした。かれはただ母親ははおやがどうおもって心配しんぱいなさっているだろうかと、そればかりかんがえていたのです。
からすがったのち、まもなくすずめが二、三やはりおなえだにきてまって、まど内側うちがわをのぞくようにしてないていました。しかしそれは、なんとなくあわれな長吉ちょうきちこころのうちをって、それにたいして同情どうじょうしているようにおもわれましたので、長吉ちょうきちまどのきわへいって、すずめのほうにかおせて、
「おかあさんのところへいって、わたし今日きょう算術さんじゅつができなくてのこされたからといっておくれ。」
と、小声こごえせつたのんだのでありました。すずめはさながらこの依頼たのみけたように、やがて小声こごえにないて、いずこへかってしまいました。するとほどなく先生せんせいがこの教場きょうじょうはいってきました。長吉ちょうきち先生せんせいまえされた。
「あなたは勉強べんきょうしないんでしょう。勉強べんきょうをしてわからない道理どうりがない。」
と、先生せんせいはいいました。長吉ちょうきちは、いったいだれがこの算術さんじゅつ法則ほうそくかんがしてつくったものか、よほどそのひとえらひとであると同時どうじ迷惑めいわくなことをかんがえたものだ。それがために自分じぶんは、こんなにくるしまなければならぬのだとおもいました。
先生せんせい、あなたが算術さんじゅつというものをおつくりになったのですか。」
と、長吉ちょうきち突然とつぜん先生せんせいいました。先生せんせいおどろいたというふうで、
「いいや、わたしつくったのではない、まえからできていたのだ。」
と、ひくからだうごかしながらいいました。
先生せんせい、なんでもうすこし容易たやす道理どうりがわかるように、そのひと算術さんじゅつつくらなかったのでしょうか。わたしには、むやみに暗誦あんしょうしたり、法則ほうそくおぼえてしまうことができないのです。」
長吉ちょうきちは、先生せんせいかってうったえるごとくいいました。
「おまえばかりではない、みんながそれをおぼえて、りっぱにできるじゃないか。それをできないのは、やはりおまえが勉強べんきょうせんからなんだ。」
と、先生せんせいはかえって長吉ちょうきちをしかりました。
長吉ちょうきちはやっとゆるされてそのがた学校がっこうもんたのでありました。かれみちあるきながら、算術さんじゅつや、暗誦あんしょうなどのない、すずめの世界せかいやからすの世界せかいがつくづくこいしくうらやましかったのであります。そして、なんで自分じぶんはすずめにまれてこなかったろうかとおもいました。かれ先刻さっき学校がっこうまどのところですずめにかって、おかあさんに伝言ことづけをしてくれるようにとせつたのんだが、なにかいってくれたかしらとおもいながらいえかえってきました。すると、母親ははおやは、たいへんに長吉ちょうきちかえりがおそいので心配しんぱいして門口かどぐちゆきうえってっていました。そしてかおると、
「まあ、どうしてこんなにおそくなったのだ、れるじゃないか。」
と、つようにきました。長吉ちょうきちは、こころうちで、そんならあれほどたのんだのに、すずめはなんにも、きておかあさんにげてくれなかったのかとおもい、つくづくとりなどというものはしんにつまらないものだ。やはり人間にんげんばかりがいちばんえらいのだということをかんじたのであります。
 

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