二
その
声を
聞き、その
姿を
見て、これが、この
世の
人であろうかと、
若者は、
自分の
目をうたがわずにはいられませんでした。すぐには、
返す
言葉も
出なかったのです。
「その
着物を、どうぞお
返しくださいまし。」と、
女は
重ねていいました。
若者は、
着物の
持ち
主がわかると、いままでの
楽しかった
夢が
破れて、がっかりしました。またと
手に
入らぬ
宝と
思えば、なおさら
惜しかったのです。
若者は、
「せっかく、
私が
拾いましたものを、どうぞ、
捨てたとあきらめなされて、これを
私にくださいませんか。」と、
頭を
下げて
頼みました。
こう
聞くと、
女は、ぱっちり
目をみはって、さも、たまげたというようすで、
「なんとおっしゃられます。その
着物を、どうしてあなたにさしあげられましょう。それを
着なくては、
私は
空へ
帰ることができません。」と、
答えました。
「や、や、それなら、あなたは、まさしく
天女でいらっしゃいますか。
道理で、
人間にしては、あまりりっぱすぎると
思いました。」と、
急に
若者は、ようすをあらためました。
知らぬ
人から、こうして
見られるのを、さも
恥ずかしげに、
天女は、ただうつ
向いていました。
「
話に
聞く
天女の
羽衣とは、これでございますか。」
「さようでございます。」
たぐいなく
美しいと
思うのもそのはず、
天女であったかと、
若者の
感動は、しばらくしずまりませんでした。けれど、
天女は、
天にいるものとばかり
信じたのを、どうしてこんなところへ
降りたのであろうか、と
聞かずにはいられませんでした。
「あなたは、どうしてこんなところへお
降りになったのですか?」と、
若者は
天女に
向かって、たずねました。
天女は、こう
問われると、ためらいながら
顔をあげ、
「ここの
景色があまりみごとなものですから、つい
降りてみる
気になりました。」と、
答えたのであります。
美しいものに
見とれるのは、ひとり
人間ばかりでなく、
天にすむ
天女も、おなじであるのを
知ると、
自分がきれいな
羽衣をほしく
思うのも、
悪いことではないような
気がして、
若者は、そのうえともしつこく、
天女に
向かって
頼みました。
「ごむりのお
願いかもしれませんが、このきれいな
着物を、どうぞ、
私におあたえくださいまし。ながく
我が
家の
宝にしたいと
思います。」
これを
聞いて、
天女はあきれたのであろう。が、しばらく
言葉もありませんでした。
「どうしても、お
許しになりませぬか。」と、
若者がいうと、
天女の
顔には、
悲しみの
色がただよって、ついに
口をひらきました。
「その
着物を
着なくては、二
度と
天へは
帰れません。
人間には
役にたたぬものですが、
天女には、なくてはならぬ
着物でございます。」といって、うつむきました。
若者は、
片言も
聞きもらすまいと、
耳をかたむけていましたが、
天女が、
羽衣を
着なければ
天に
帰れぬといったので、これはなんたる
自分にとって、しあわせなことであろう。そうすれば、この
美しい
人を
村へつれもどって、いつまでも、とめておくことができると
思ったのでした。
「そう
聞けば、なおさら、この
着物をお
返しすることはできません。」
「それはまた、どうしたことでございますか。」
天女は、おどろいて
顔を
上げ、
目をぱっちりとひらいて、
若者を
見ました。
「
羽衣より、あなたのほうが、もっともっと
美しいのであります。
羽衣がなければ、
天へ
帰れぬとお
聞きしては、あなたを、いつまでもおとめしたいばかりに、
羽衣をお
返しすることができなくなりました。」と、
若者は
正直に
申しました。
天女のからだは、
恐ろしさのあまりふるえ、
顔色は
青ざめて
見えました。これを
見ると、
若者は、こういったのも、
天女のような
美しい
人のそばにいたいためであり、
少しも
悪い
心からではないのだ。どうか、それを
天女にさとってもらいたいと
思いましたので、
「
天女さま、こう
申しますのも、お
恥ずかしい
話ながら、
私はまだ、ひとり
者なのでございます。もし、あなたさえご
承知になって、
私の
妻におなりくださるならば、あなたのために、この
命もささげます。ただ、
人間の
身として、
天上のあなたをお
慕いするのは、つつしみのないことかもしれませぬけれど、
美しいものを
愛する
心に、
神も
人もかわりないならば、どうぞ、
私の
願いをお
聞き
入れくださいまし。」と、ねんごろにうったえました。
天女は、にごりけのない
若者の
心に
感動するとともに、
自分にも
落ち
度があったのをさとりました。こんなことになるのも、
自分の
軽率からであった。うかうかと、
地上へ
下りさえしなければ、
何事もなかったと、
後悔しました。
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