お
母さんは、それでも
空が
明るくなると、エプロンは、どこへ
飛んでいったろうと
家のまわりを
探しました。すると、
赤ちゃんの
憎らしく
思ったエプロンは、
溝の
中に
落ちて、
水の
中にうずまっていました。
「まあまあ、こんなに
汚くなってしまったから、
捨ててしまいましょう。」と、お
母さんはいわれました。
お
母さんは、エプロンをごみ
箱の
中に
捨ててしまいました。こうして、
赤ちゃんのきらいであったエプロンは、
永久に、もう
赤ちゃんの
目から
見えないところにいってしまったのです。
その
翌日から、
赤ちゃんは、
家の
内にエプロンを
見ませんでした。けれど、お
母さんはやはり、いつでも
自分といっしょに
遊んだり、ねころんだりしてはいられませんでした。あの
細かいこうしじまの
代わりに、お
母さんは、どこからか
真っ
白なエプロンを
持ってきて
働いていたのです。
赤ちゃんには、もうどうしたらいいかわからなくなりました。そして、ついに、
自分の
大好きなお
母さんは、(いつでも
自分はお
母さんといっしょにいたいのだけれど、)
自分といるものでないということを
知りました。そして、そのことは
赤ちゃんにとって、いいようのないさびしさを
覚えさせたのであります。
この
赤ちゃんは、いつしか
日数をへて、かわいらしい
坊ちゃんとなりました。
坊ちゃんは、もうそのころから、
自分は、ただ
一人であるというような、さびしさを
感じたのであります。みんなから
離れて、ぼんやりと
道の
上に
立って
遠くの
雲をながめたり、また、
空をはてしなく
飛んでゆく
鳥の
影を
見送ったりして、かんがえ
込んでいるようなことが
多うございました。
ある
夏の
日の
晩方のことでありました。この
感じ
深い
子供は
道の
上にたたずんで、いつものように
頭の
上を
飛んでゆく
鳥をながめていました。もうあたりはだんだんと
暗くなりかけていました。けれど、
鳥の
飛んでゆくかなたの
空だけは、
明るい、なんとなくなつかしい
色を、
瞳に
映じたのでありました。
「ああ
私も
鳥になりたい。そして、あっちの
明るい
国へ
飛んでゆきたいものだ。」と、
子供はいいました。
すると、どんなものに
対しても
注意深く、また
耳ざとい
鳥は
下の
方を
向いて、すぐに
子供を
見つけて、そのいうことをすっかり
聞いたのでありました。
「
坊ちゃんは、
私といっしょにあっちへゆきたいのですか。だけれど、それはできません。
私のゆくところは、たいへんに
遠いところなのであります。
私は、
坊ちゃんに、
私の
持っているような
目と、
私の
胸に
宿っているような
魂を
分けてあげますように、
神さまにお
願いしましょう。そうすれば、
坊ちゃんは、いつも
私たちと
同じように、ほかの
人間にはわからないような、
不思議なきれいな
光を
見たり、また、かすかな
遠い
音を
聞くことができます。」といって、
鳥はこの
子供の
頭の
上でないて、また、
遠い
旅をつづけてゆきました。
それから、
子供はひとり、
空や
鳥の
影ばかりでなく、
花や、
石や、
木や、なにに
対してもじっと
見入って、
深くものを
思うようになったのであります。
けれど、この
子供が、
黙って、じっとものに
見入っているのを
見て、
心の
中に、どんなことを
考えているか? やはり、だれもそのことを
知るものはなかったでありましょう。
世の
中の
大人は、てんでに
頭の
中で、
金もうけのことや、
暮らし
向きのことなどを
考えて、さっさと
道の
上を
歩いています。そして、だれも
地の
中にうずもれた、かすかな
光があっても、それに
注意を
向けるものはありませんでした。
「ガラスびんのかけらだろう。」
みんな、そんなように
思っていたのでありました。
そのとき、この
子供は、
遠くから、この
紫色の
光を
見つけて、わざわざそのところまでやってきました。そして、
小さな
手で、
棒切れでもって
地の
中から、その
光る
石を
掘り
出しました。
青黒い
色をした
小さな
石でありました。この
石は、
子供がじっとその
石を
見つめたときに、
「
坊ちゃん、よくあなたは、
私を
見つけてくださいました。
私は、
長い
間、この
地の
中にうずめられて、かすかな
光を
放って、だれか、
私を
掘り
出してくれるのを
待っていました。しかしだれも、
私をば
注意しませんでした。たまたま
注意したものも、
私のそばまでやってきて、じっと
見ますと、
私が、
銭でなかったので――その
人は、
私を
見て
銭が
落ちていると
思ったのでした――
私の
頭を
蹴って、さっさといってしまいました。そして、
私は、たよりなく、
不幸でした。
私は、いつ、また、
坊ちゃんの
手から
捨てられるかしれません。けれど、
坊ちゃんが
私を
手にとって、しばらくでも
大事にしてくださいましたご
恩は、けっして
忘れはいたしません。
坊ちゃんは、きっと
私と
同じい
色のものを、この
世の
中で、しかも
人間の
目の
中に
見られることがあります。そのときこそ、ほんとうに、
坊ちゃんが
喜びなさいますときですよ。」と、その
小さな
石が、ものをいっているように
思われました。
はたして、この
石が
気遣ったように、この
石を
子供は
大事にしておいたけれど、いつとなくどこへかなくしてしまいました。
「どこへなくしてしまったろう?」と、
子供は
石を
探しました。けれど、
見当たりませんでした。しかし、その
石の
青い
色は、いつまでも
子供の
目の
中に
残っていました。なんというなつかしみの
深い、
青い
色であったろうか?
こうして、
子供は
追懐にふけるということを
覚えました。
子供の
立っている
前方には、
輝かしい
野原がありました。そして
後方には、うす
青い
空がはてしなく
拡がっていました。
分享到: