葉と幹
日期:2022-12-05 23:59 点击:279
葉と幹
小川未明
一
ある
山に一
本のかえでの
木がありました。もう
長いことその
山に
生えていました。
春になると、
美しい
若葉を
出し、
秋になるとみごとに
紅葉しました。
町から
山に
遊びにゆくものは、その
木をほめないものはなかったのであります。
「なんといういいかえでの
木だろう。」と、
子供も
年寄りも、みなほめたのであります。
けれど、
木はがけの
辺に
立っていましたので、みなは
欲しいと
思っても、
取ることができませんでした。
あるとき、そんなに
人々がほめるのを、かえでの
木は
聞いたところから、
幹と
葉とがけんかをはじめました。
「こんなに
評判になったのも、
俺が
幾年もの
間、こんなにさびしい
険しいところに
我慢をして
生長したからのことだ。
俺の
姿を
見てくれい。
雪のためには、ある
年はおされて
危うく
折れそうになったこともあり、また、ある
年の
夏には、
大雨に
根を
洗われて、もうすこしのことで、この
地盤が
崩れて、
奈落の
底に
落ちるかと
心配したこともある。いま、おまえがたが、
踊ったり、
跳ねたり、のんきに
太陽に
照らされて
笑ったり、
風に
吹かれて
唄をうたったりすることができるのも、だれのお
蔭だと
思うか。けっして
俺のご
恩を
忘れてはならんぞ。」と、
幹は、
葉に
向かっていいました。
すると、
木にしげっている
葉はいいました。
「それは、一
刻だって、あなたのご
恩を
忘れはいたしません。けれど
私たちだって、ただ
踊ったり、
笑ったり、
跳ねたりしているのではありません。いくらずつか、あなたのおためにもなっているのでございます。もし
私たちがなかったら、やはりあなただって、そうしていつまでも
達者に
生きてはいられないのでございます。」
「そんなら、おまえたちは
俺を
守っているというのか。」と、
幹は
叫びました。
「さようでございます。」
「ばかばかしい。
早く
死んで
失せろ。いくらでもおまえがたの
代わりは
生まれてくるわ。」と、
幹は
体を
震わして
怒ったのであります。
二
ある
日、くわをかついだ
男と、もう
一人の
男とが、がけの
上に
立ちました。
二人は、
上を
仰いで、かえでの
木をながめていました。
「ここからは、とうてい
上がれない。あちらからまわってゆかなければだめだ。」
と、
二人はいっていました。
これを
聞いた
葉はびっくりしました。
「あんまり
私たちが
美しいもので、とんだことになってしまいました。」
と、
葉は
幹にいいました。
「うぬぼれてはいけない。おまえたちぐらいの
葉は、この
山にざらにあるじゃないか。
人間どもは、
俺の
姿を
値打ちにしようと
思っているのだ。」と、
幹は
葉を
冷笑しました。
「しかし、
私たちは、この
山からどこへゆくのでしょう。もう
海を
見ることもできません。あちらの
平野を
見下ろすこともできません。たいへんなことになりました。」と、
葉は
気をもみはじめました。
「おまえたちのことを
俺が
知るものか。
人間どもは
俺を
大事にするだろう。
苦しいのもすこしの
間だ。じきにどこかいいところへ
移して、
俺の
弱らないようにするにちがいない。そして、また
来年は
新しい
芽を
出して、
俺の
威厳がいっそう
加わるだろう。」と、
幹はいいました。
「そんなら、
私たちはどうなるのですか?」と、
多くの
葉は、
泣き
声を
出して
訴えましたが、
幹は
黙っていました。
「ああ、ここまで
上ると、よい
景色だ。
海が
見える。」と、
先刻のくわをかついだ
男は、かえでの
木のそばに
現れていいました。
二人の
男は、ついにかえでの
木を
掘り
出しました。
一人はその
木をかついで、
一人はくわをかついで、ともに
山を
下りました。そして、かえでの
木を
車の
上に
乗せて、ガラガラと
田舎路を
引いて
町の
方へとゆきました。
「ああ、
水が
飲みたい。ああ、
息苦しくなった。」と、
道々、
葉は
訴えましたけれど、
幹は、
黙っていました。この
男は、あまり
植木について
巧者でなかったとみえて、すっかり
葉を
弱らしてしまいました。
晩方、
幹は、
地に
下ろされましたけれど、
葉がすっかり
枯れてしまったために、まったく
力がなくなってしまって、ついに
枯れてしまいました。
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