二
子供たちは、
空き
地に
積んである
砂利の
上へ
登ったり、
空き
箱の
上にすわったりして、
紙芝居のおじさんを
取り
巻いていました。
自転車の
上の
小さな
箱の
舞台の
中には、
見覚えのある
赤トラの
絵が
出ていました。七、八
人も
子供があめを
買わなければ、おじさんは、
説明をはじめないのが
常でありました。
「まだはじめないかなあ。」と、
待ちくたびれて、いっている
子供もありました。
自転車に
乗って、そばを
通りかけた
小僧が、わざわざ
自転車を
止めて、
子供たちの
中にまじって、おじさんの
説明をきこうとしているのも
見受けられます。
茶色の
古びた
帽子を
斜めにかぶった、
口ひげのあるおじさんは、なんとなくずるそうな
目つきをして、
自分のまわりに
立っている
子供たちの
顔を
見まわしました。そして、
心の
中で、いつもくる
子供たちがみんな
集まったかと、
一人一人の
顔をしらべているようにも
見られました。おじさんは、いつも
買ってくれる
子供の
顔は、よく
覚えているのでしょう。そして、その
中に
幸吉が
立っていると、おじさんの、そのずるそうな
目つきは
幸吉の
顔の
上に
止まりました。おじさんは、
幸吉にさも
皮肉そうに、
「おまえ、このごろ
買わないな。」といいました。
幸吉が、いつも
汚らしいふうをしていたからでもありましょう。また、めったにあめを
買わないので、
紙芝居のおじさんにとって、けっしていい
得意でなかったのも
事実です。
しかし、
幸吉は、みんなの
前で、こんなことをいわれていい
気持ちはしませんでした。
彼は、だまって、ただ
顔を
真っ
赤にしているには、もっと
勇気がありました。また、そんなことをいわれる
理由もないように
感じました。
彼は、おじさんに
向かって、
「
買いたくないから、
買わないのだよ。」と、きっぱりといいました。
彼は、すくなくも
侮辱に
対する
仕返しをしたように、
小さな
肩をぐっと
上げたのです。
「ふん。」と、おじさんは、いったきりで、あっちを
向いてしまいました。
「そんなこと、どうでもいいから、
早くおはじめよ。」と、
一人の
子供が
叫びました。
「もうすこし
待ちな、いまはじめるから。」と、おじさんは、お
客の
気を
損じまいとしました。
幸吉は、いつまでも
立っていてお
話をきこうとはしませんでした。
独り、みんなからはなれて、あちらへ
歩いていきました。
彼の
心の
中は、なんとなくさびしかったのです。
黒い
常磐木の
林があった、その
下へきました。じきに
花の
咲く
季節だったけれど、ここだけは、まだ
冬が
残っているように
風が
冷たかったのです。
彼は、この
冷たい
風が、かえって、
哀しい
自分の
胸にしみるように、いつまでもここにいて、
風に
吹かれていたい
気持ちがしました。
足音がしたので
振り
向くと、こちらへ
駆けてくる
女の
子の
赤いたもとが
見えました。
「
幸吉さん、
早くいらっしゃいよ。
私お
金を
持っているわ。」と、
日ごろから
親しいみつ
子さんが、いいました。みつ
子のお
父さんは、
大きな
会社に
勤めているとかで、みつ
子は、いつも
幸福そうでした。けれど、
幸吉には、そのことが、なんの
関係もなかったのです。
「みつ
子さんが、きけばいいじゃないか。」と、
幸吉は、
白い
目で、みつ
子の
顔を
見ました。
「あんたもいらっしゃいよ。」
みつ
子は、
独りはなれていった
幸吉を
心の
中で
気の
毒に
思ったので、
追いかけてきたのです。
あちらでは、おじさんのおもしろそうに
声色を
使っているのが、きかれました。
「
僕、きかなくていいんだよ。」
幸吉は、このうえ、
自分を
連れていこうとするのは、
自分を
降伏させるものだと
思ったので、つい
怒り
声を
出したが、しまいにそこにいたたまらなくなって、またあてもなく
駆け
出していきました。
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