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花の咲く前(3)
日期:2022-12-05 23:59  点击:281
 


幸吉こうきちみせかえると、仕事場しごとばっていた叔父おじさんは、さも手柄顔てがらがおをして、
「ジャックのやつ、うまく物置ものおきれてめてしまった。いまに犬殺いぬころしがきたらわたしてくれるのだ。」といいました。幸吉こうきちは、これをきくと、どきっとしました。なにかくろむねさえつけられたような気味悪きみわるさをかんじました。「あかトラ」のはなしつよこころかれたのも、このジャックという年老としおいた不幸ふこう野犬やけんのことが、たえずあたまなかにあったからでした。叔父おじは、どういうものかジャックをこころからにくんでいるのでした。それにはたいした理由わけがあるのでなく、ただこのあわれなくろよごれた老犬ろうけんると、むらむらとにくくなるというふうでした。幸吉こうきちは、それをおそろしいことのようにおもいました。幸吉こうきちは、あるときには、たまりかねて、叔父おじさんのかお見上みあげながら、
叔父おじさん、ジャックをかわいがっておやりよ。かわいそうじゃないか。」といいました。
「どういうものか、あいつはきらいでな。ひどいめにあわせてくれなけりゃ。」と、叔父おじは、かなづちをにぎって、きたらげつける身構みがまえをしていました。
「なにもわるいことをしないじゃないか。」と、幸吉こうきちは、つくづく叔父おじさんのかおて、どうしてこのあわれないぬだけに無情むじょうなことをするのだろう、ほかのいぬには、やさしくしてやるのにとおもったのでした。
「あいつが、植木鉢うえきばち小便しょうべんをかけたし、いつかくつが片方かたほうくなったのも、きっとあいつがどこかへくわえていったのだ。」と、叔父おじは、こたえたが、なんの理由りゆうもつけずにいじめるのは、自分じぶんでもがとがめるからだと、幸吉こうきちには、おもわれました。
しかし、いまはそんなときでない。ジャックが物置ものおきなかれられて、められたときいては、じっとしてはいられなかったのです。
「なんで物置ものおきなかはいったのだろうな。」と、幸吉こうきちは、あのとしっていてもりこうで、敏捷びんしょういぬがと不思議ふしぎおもいました。
犬殺いぬころしにわれてきたんだ。がないので、物置ものおきなかかくれたのだよ。」と、叔父おじは、ところもあろうに、おれのいえ物置ものおきなかかくれたのが、あいつのうんきだったと、せせらわらいをしていました。幸吉こうきちは、またかわいそうに、自分じぶん平常いつもジャックをかわいがってやるものだから、たすけてくれるとおもって、うち物置ものおきにきてかくれたのだ。もし、このまま犬殺いぬころしにわたしてしまったら、ジャックはどんなに自分じぶんをうらむかしれない。よし、たすけてやろうと、決心けっしんしました。
あちらで、しきりにいぬとおぼえをするこえがしていました。犬殺いぬころしがちかづいてきたのを警戒けいかいして、仲間なかまらせているのです。幸吉こうきちは、すぐに裏手うらてへまわりました。かれ足音あしおとをききつけると、くら物置ものおきなかから、うったえるように、すすりなくいぬ悲鳴ひめいがしました。
「ジャック! はやとおくへげろ。」
幸吉こうきちが、けると、黒犬くろいぬは、弾丸だんがんのようにして、叔父おじさんが、仕事しごとをしている店先みせさきのブリキいた蹴散けちらして、路次ろじけてはらっぱのほうげていったのです。
「ばかやろう、なんでいぬしたのだ!」と、叔父おじさんは、幸吉こうきちあたまをなぐろうとしました。幸吉こうきちは、したをくぐって、自分じぶんいぬあとってげたのであります。
しかし、ジャックの姿すがたは、どこにもえませんでした。かれは、まちはなれたさびしいはらっぱのなかって、口笛くちぶえらしました。どこへいってしまったか、ジャックはやってきませんでした。
いつも、こうして口笛くちぶえけば、とおくからききつけて、けてきたものです。かれは、家無いえなしのジャックをおもうと、こころなかかなしかったのでした。
幸吉こうきちは、しばらく茫然ぼうぜんとして、かんがえながらっていました。あちらにえるたか煙突えんとつは、まちのお湯屋ゆやか、それとも工場こうじょう煙突えんとつらしく、くろけむり早春そうしゅん乳色ちちいろそらへ、へびのようにうねりながらがっていました。
「あ、田舎いなかうちかえりたいな。」
幸吉こうきちは、自分じぶんには、かえうちがあるのだとおもいました。そうおもうと、しみじみと故郷こきょうむらこいしくなりました。
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