花の咲く前(4)
日期:2022-12-05 23:59 点击:282
四
ジャックは、
森の
中へ
深く
入ってゆきました。
彼の
後からは、びっこの
白犬と、
耳の
垂れた
斑犬がついていきました。そして、たがいにジャックの
右になり、
左になりして、ジャックの
身を
護衛するように
注意深く
先方を
見つめていました。すぎや、
松の
木のしげった
森の
中にはところどころ
日の
光が、にじのごとく
洩れて
下のささの
葉を
明るく
照らしています。ここまでは
彼を
追ってくるものがありません。
野犬の一
群は、ジャックを
中心にして、
自分たちの
生活を
営むことにしました。
彼らは、どこへいくにも
一塊となって、いつでも
敵に
当たる
用意をしていました。
犬たちの
間にも、
戦って
弱いものは、
強いものに
絶対に
服従するというおきてがあって、
夜になると、どこかの
飼い
犬が、
畜犬票をチャラチャラと
鳴らしながら、
牛の
骨や、パンくずなどをくわえて、
彼らの
機嫌を
取るべく
森の
中へ
持ち
運ぶのもありました。
ある
日、
幸吉は、ジャックのことを
思い
出しました。
「ジャックは、どうしたろうか。」
往来へ
出ると、
紫色の
美しい
着物をきたみつ
子が
遊んでいました。
日の
光の
中に、ぱっと
花が
咲いたように、
道の
上までがまぶしかったのです。
「みつ
子さん、
赤トラはどうなった?」
幸吉は、このごろ、カチカチという
拍子木の
音をきいても、いくことがなかったのです。
「とうとう
K技師に、
電気で
殺されちゃったのよ。」
「かわいそうだね。」
「だって、
赤ん
坊をひっかいたり、
人間にかみついたりするんですもの、しかたがないわ。」
「どこかへゆくの?」
幸吉は、みつ
子にたずねました。
「
叔母さんがいらして、お
母さんと三
人でお
買い
物にいくの。
幸吉さんにお
土産を
買ってきてあげるわね。」と、みつ
子は、ぱっちりとした
黒い
目で
幸吉を
見ました。
「みつ
子さん、もう
僕、
晩にいないかもしれない。」と、
幸吉は、じっとみつ
子の
顔を
見返すと、みつ
子も、ちょっと
驚いた
顔つきをしたが、すぐにいきいきと
笑って、
「そんなことうそよ、だましたって
知っているわ。」と、くるりと
彼方を
向いて、
駆け
出していきました。げたについている
鈴の
音が、リンリンと
幸吉の
耳にきこえました。
軽気球の
上がっているであろう、
遠い
町の
空はかすんでいました。こうして
耳をすますと、
大海原の
波音のように、あるいは、かすかな
子守唄のように、
都会のうめきが、
穏やかな
真昼の
空気を
伝ってくるのです。
幸吉は、
原っぱへいったが、
原っぱには、だれも
遊んでいませんでした。
丘の
木立は、みんなうす
紅く
色づいていました。あちらの
高い
煙突からは、
今日も
黒い
煙が
上っていました。
幸吉は、その
煙を
見て、
明日も、
明後日もまたこのように
立ち
上ることであろうと
思ったのです。
まだ
霜で
枯れたままになっている、
草株の
上へ
腰を
下ろすと、
黄色な
小さいちょうが、
風に
吹かれて
目の
前を
飛んでいきました。
幸吉は、
年ちゃんや、
正ちゃんたちと、ボールを
投げて
遊んだ
去年の
秋の
日のことを
思い
出していました。
このとき、
突然後方から、
飛びついて
幸吉の
頭を
抱えたものがあります。
「あっ、ジャックだ!」
彼は、びっくりしたよりは、
踊り
上がったほど
喜びました。そして、ジャックと
原っぱで
相撲を
取りました。
「ジャック、どこにいたんだい。
僕、
晩に
田舎へ
帰るんだ、もうあえないのだぜ。」
知らずに
熱い
涙が、
目の
中からわいて
出ました。ジャックは、いったことがわかるのか、
幸吉の
涙にぬれた
顔を
舌でぺろぺろとなめています。
遠くで、ほかの
犬のなき
声がしました。すると、ジャックは、
急に
幸吉を
振り
捨て、あちらへ
走っていってしまいました。
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