春がくる前
日期:2022-12-06 00:29 点击:255
春がくる前
小川未明
さびしい
野原の
中に一
本の
木立がありました。
見渡すかぎり、あたりは、まだ一
面に
真っ
白に
雪が
積もっていました。そして、
寒い
風が、
葉の
落ちつくしてしまった
枝を
吹くのよりほかに、
聞こえるものもなかったのです。
木は、こうして
毎日、
長い
寒い
冬の
間、さびしいのを
我慢していました。それにつけても、
過ぎ
去った
春、
夏、
秋の
間のいろいろ
楽しかったこと、おもしろかったことを
思い
出していたのであります。
その
中でも、くびのまわりの
赤い
鳥が、
枝に
巣を
造って、三
羽の
雛をかえして、三
羽の
雛が
仲よく
枝から
枝へ
飛びうつっていましたのを、
木は
忘れることができませんでした。
「いまごろは、あの
親子の
鳥はどこへいったろう。さだめし
暖かな
土地へいって、ああして、
楽しくさえずったり、
飛びまわったりしているであろう。そして、また、こちらが
春になって
暖かになったら、
忘れずにやってくるかもしれない。そのときは、もう三
羽とも
雛鳥は、
大きくなっていることだろう。」と、
木は
思いました。
こうして、
木立は、
毎日、
風の
音を
聞いて、
白い
雲を
見つめるよりほかになかったので、さびしく、
退屈でなりませんでした。
「ああ、
早く
春がきてくれればいい。」と、
独りで
野原の
中で
脊伸びをして、あくびをしましても、だれもそばで
聞いているものもなかったのです。
しかるに、ある
日のこと、一
羽の
小さなうぐいすがどこからか
飛んできて、この
木のこずえに
止まりました。
木は、さっそく、このうぐいすに
話しかけたのであります。
「うぐいすさん、
見れば、まだおまえさんはお
若いが、この
寒いのにどこへおゆきなさるのですか。そして、どこからおいでなさいました。」と、
木立は、うぐいすに
問うたのであります。
すると、
年こそ
幼いが、りこうそうなうぐいすは、
木のいうことを
頭を
傾けて
聞いていましたが、
「
私は、あちらのふもとのやぶの
中からやってきました。
私は、お
母さんといっしょに、そのやぶの
中で
暮らしました。いい
香いのする
花が
咲いていました。また
赤い
実がなっていました。それは、いいところでした。
私は、お
母さんといっしょなら、けっしてよそへはゆきたいなどと
思うことはありません。
けれど、
平常お
母さんは、
私に
向かって、
町の
方へいってはならない、おまえのようなよい
子がいったら、きっと
人間が
捕まえて、かごの
中に
入れてしまうだろう。これまで、このやぶから
出たもので、いくたり
人間に
捕まって
帰ってこないものがあるかしれない。しかし
人間は
殺すのではない。かえって、うまいものを
食べさせ、
暖かにして、ときには
水も
浴びさせてくれて、
大事にしてくれる。けれど、もう一
生帰ってくることができないのだから、
町の
方へいってはならないといわれました。
私は、なんだか
町を一
度見たくてしかたがありません。たとえ、いくら
見たくても、お
母さんを
残してゆく
気は
起こらなかったのです。
その
私の
大事な、そして、このうえなく
私をかわいがってくださいましたお
母さんが、この
秋、
病気で
死んでしまわれたのです。
私は、
気が
狂いそうでした。
毎日、
悲しくて
泣きあかしました。そのうちに
冬がきて
雪が
降りました。しかし、
私は、
長い
間棲んだ、そのやぶを
離れる
気はしなかったのですが、このごろになって、せめては、一
度なりと
町へいって、その
景色をながめたり、また
私どもの
仲間の
生活を
見てきたいものだと
思って、いま、
旅立つ
途中にあるのでございます。」と、
若いうぐいすは、
目に
涙をためて
答えました。
木は、しばらく、
黙って
聞いていましたが、
「おまえさんは、
幼いけれど、なかなかしっかりしていなさる。それなら、
町へいっても
人間に
捕らえられるようなことはあるまいから、
見てきなさるがいい。いくらお
友だちが、いい
生活をしてもうらやみなさるな。
帰りには、またきっと
立ち
寄ってください。」と、
木はいいました。
「そんなら、いってきます。」といって、
若いうぐいすは、
灰色の
空をあちらへと、
町の
方をさして
姿を
消してしまったのであります。
また、
木は
独りぼっちとなりました。
どこを
見ても
真っ
白な
雪が
積もっていました。そして、
絶えず
寒い
風が
吹いて、
身震いせずにはいられなかったのです。
夜になると、
星の
光がものすごく
頭の
上を
照らしました。
明くる
日から、
木は、
幼いうぐいすのことが
気にかかってなりませんでした。
無事でいようか、
人間に
捕まりはしないかと、
木は
年をとっていましたので、いろいろのことが
案じられてなりませんでした。
うぐいすは、
町にいって、
高い
煙突を
見ました。
車のゆくのを
見ました。
火の
見やぐらを
見ました。いろいろなものを
見ました。そして、
垣根や、
軒端に
身を
隠して、
仲間のいる
家をのぞきました。すると
障子のはまった
箱の
中に
入って、
仲間がうたっていました。けれど、その
箱はばかに
狭く
窮屈であったのです。なんだか、そのなき
声に、
聞き
覚えがあったようでした。もう
気が
詰まるように
感じて、そんなことをも
考える
余裕もなく、ふたたび
野原の
方を
指して
飛んできました。
「ただいま、
帰りました。」といって、うぐいすは、
木立に
止まりました。
木は、うぐいすの
帰ってきたのを
喜んで、
「
町は、どんなでした。」と
聞きました。
うぐいすは、これに
答えて、
「たとえ
町の
生活がどんなによくても、
私はやはり、お
母さんと
暮らした、
山の
生活がいちばん
好きです。」といいました。
うぐいすは、
山のやぶへ
帰るときに、
一声いい
音色を
出してなきました。
野原も、
森も、
木立はもちろんのこと、その
音色に
耳を
傾けました。そして、
彼らは、一
時に
長い
眠りから
呼びさまされたように、
感心したのでありました。
二、三
日すると、
春が、この
野原にも、
木立にも、
森にもやってきたのです。
――一九二〇・一二作――
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