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ひすいを愛された妃(1)
日期:2022-12-07 23:59  点击:210
 

ひすいを愛された妃

小川未明


むかし、ひすいが、ひじょうに珍重ちんちょうされたことがありました。この不思議ふしぎうつくしい緑色みどりいろいしは、支那しな山奥やまおくかられたといわれています。そこで、国々くにぐにへまでながれてゆきました。
その時分じぶん人々ひとびとは、なによりも、真理しんりとうといということには、まだよくさとれなかったのです。そして、ひすいのたまをたくさんっているものほどえらおもわれましたばかりでなく、そのひとは、幸福こうふくであるとされたのであります。
ふじのはなくにおうさまは、どちらかといえば、そんなに欲深よくぶかひとではなかったのでした。けれど、きさきは、たいそうひすいをあいされました。
わたしは、じっと、このあおいろ見入みいっていると、たましいも、も、いっしょに、どこかとおいところへえていきそうにおもいます。」とおっしゃいました。
おうさまは、きさきをこのうえもなくあいしていられましたから、自分じぶんはこのいしをさほどほしいとはおもわれなくとも、きさきのぞみを十ぶんにかなえさせてやりたいとおもわれました。
「いくらたかくてもいいから、いいひすいのたまがあったらってまいれ。」と、家来けらいもうしわたされたのです。
ある家来けらいたてまつったたまおうさまは、ってながめられ、なるほど、うつくしいいろをしている。どうして、このようなみごとなものがこのなか存在そんざいするだろうかといわれました。
家来けらいは、おうさまのお言葉ことばうけたまわってから、おそるおそるもうしあげました。
うつくしい、女王じょおうさまをかざるために、そらからってきたつゆが、いしになったものとおもわれます。」
おうさまは、うなずかれました。
「まことに、そうかもしれない……。」
こう、いわれると、いつしか、よろこびがかなしみのいろわってゆくのがえました。なぜなら、せいある、すべてのうつくしいものに、いつかのあることをおもいたられたからです。
ほんとうに、きさきは、うるわしい、しろかおりのたかはなのようなかたでした。そのは、ほしのようにんでいました。そのくちびるには、みつばちがくるかとさえおもわれたくらいです。けれど、すべてのうつくしい婦人ふじんは、弱々よわよわしかったように、きさきくびのまわりにけられた、あおいし首飾くびかざりのおもみをささえるにえられないほどでした。
わたしは、このあおいしおもみにおされ、そのなかにうずまってにたい。」と、きさきは、おっしゃいました。
いかに、その姿すがたは、ちいさく、うつくしくても、欲望よくぼうかぎりのないことがられたのです。そして、それは、おそろしいことでした。
流行りゅうこうは、ちょうど黴菌ばいきんのように感染かんせんするものです。そして、また、それとおなじように、人間にんげんわざわいするものでした。
国々くにぐにに、ひすいのたまは、貴重きちょうのものとなりました。どの女王じょおうもその首飾くびかざりをかけられるようになりました。ひとり、おうさまや、きさきが、あいされたばかりでなく、国々くにぐに金持かねもちは、あおたまあつめるようになりましたから、たちまち、あお宝石ほうせきあたいは、かぎりなくがったのです。こういうように、いくらしてもいいからというひとたちがたくさんになりますと、ひすいのたまは、しぜんと世間せけんすくなくなりました。すくなくなるにつれて偽物にせものあらわれるようになりました。
とおくにから、わざわざふねって、ひすいをたかりに、ひともうけしようとわらってやってくる商人しょうにんもありました。ふねみなとくと、はやく、その商人しょうにんから、このあおいしおうとおもって見張みはっているひとまでありました。
ふじのはなくにきさきは、もはや、かよわいにつけられないほど、あおたまがたまりました。うつくしい姿すがたで、このおも宝石ほうせき首飾くびかざりをひきずって、そのうえ、うでにも、かんむりにも、ちりばめて、なよなよとした姿すがたで、御殿ごてんなかをおあるきなさるようすはうるわしくもあり、またすごいようでもあり、なんといって、形容けいようのしようがなかったのでした。おうさまは、きさきのようすをごらんになって、
そらほしが、一らぐようじゃ。」と、おおせられたのです。また、そのあおたまからはなつ、一つ、一つのひかりに、をとめられて、
「なんという神々こうごうしさじゃ。」と、おおせられたのです。
このとき、きさきのおかおには、不安ふあんいろかびました。
わたしは、心配しんぱいでなりません。このごろは、真物ほんものをもかすほど、たくみに偽物にせものつくられるということをきました。かなしいことに、わたしは、まだ、それを見分みわけるだけのちからがありません……。わたしをこうしてかざっているたまうちにも偽物にせものがあって、それを陛下へいかまでがうつくしいとごらんなされるようなことはないかとおもうと、むねうちおだやかでないのであります。」と、おっしゃいました。
おうさまは、いとしいきさきのお言葉ことばを、だまっていていられましたが、
「おまえの心配しんぱいは、もっとものことじゃ、偽物にせもの神聖しんせいからだにつけて、らんでいるとは、すなわちわたし不徳ふとくにもなることじゃ、さっそくたま真贋しんがん見分みわけることのできる人物じんぶつかかえることにいたそう。」と、おおせられたのでありました。
宝石ほうせき見分みわける名人めいじんが、募集ぼしゅうされることになりました。そして、いろいろのひとたちがあつまってきましたけれど、結局けっきょく名人めいじんというのは、最後さいごのこされた一人ひとりぎません。
そのものは、こしがった、あごにしろいひげのえた老人ろうじんでした。このおじいさんは、わか時分じぶん支那しなからチベットのほうへ、やまからやまと、ひすいをたずねてあるいた経験けいけんがあって、一目ひとめいしれば、それが真物ほんものか、贋物にせものかということの見分みわけがついたのです。
おじいさんは、さっそく、御殿ごてんされました。そこで、きさき首飾くびかざりについているたま鑑定かんていさせられました。おじいさんは、ひざをって、うやうやしくあおたまてのひらうえせてながめていましたが、そのなかから、一つ、一つけはじめました。あおいたくさんのおおきな、またちいさいたまは、左右さゆうに二ぶんされました。
みぎほうきましたのは、真物ほんもので、ひだりほうきましたのは贋物にせものであります。」と、おじいさんは、もうしあげました。
「まあ、これが……。」といって、きさきは、うつくしいかおに、おどろきのいろかべられた。なぜなら、かつて、みごとなたまだととれられました、おおきなたま贋物にせものうちにはいっていたからであります。
「おそれおおいことでありますが、真物ほんもののひすいは、そうたくさんあるものでありません。」と、おじいさんは、つけくわえました。
その、いっそう、ひすいのあたいたかくなったのです。あるのこと、このとしとった鑑定家かんていかは、
わたしが、いままでにたひすいのうちで、西国さいごく女王じょおうくびにかけてあるかざりのたまほど、不思議ふしぎうつくしいものはありません。青白あおじろたまのうちに、ひとみをこらしてますと、ゆめのような天人てんにん姿すがたがうかがわれるのであります。これこそ、ひろ世界せかいのうちで、いちばんとうといしおもわれます。」とかたりました。

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