この
話は、やがて、
妃のお
耳にまで
達すると、
妃は
明けても、
暮れても、その
珠が
空想の
目に
浮かんで、
物思いに
沈まれたのであります。
王さまは、それと
悟られると、
天にも、
地にも、ただ
一人の
愛する
妃のために、
西国の
女王が
持っていられる、
青い
珠を
手にいれて
与えたい、と
思われました。しかし、そのことは、一
国の
富を
尽くしても、おそらく、
西国の
女王の
承諾を
得ることはむずかしかったのです。
「どうかして、
西国を
征服することはできないものかな。」と、ふじの
花咲く
国の
王さまは
考えられました。そして、その
機会を
待っているうちに、
両国間にちょっとした
問題が
起こりました。ついに、それをきっかけとして、
戦争は、はじまったのでした。
双方とも
死力をつくして
戦いましたから、
容易に
勝敗はつきませんでしたが、
多くの
犠牲をはらって
最後に、ふじの
花咲く
国は
勝ったのでした。そして、
西国の
女王の
首にかかっていた
貴重なひすいは、ついにふじの
花咲く
国の
妃の
首飾りになったのであります。
ほどなくして、
美しい
妃は
病気となられました。
王さまは、
国じゅうの
名医をお
呼びになって、なおそうとなされたけれど、
命数だけは、
人間の
力でどうすることもできなかったのです。
妃は
青い
石に、かぎりない
未練を
残して、この
世から
去ってしまわれました。
王さまは、
泣いて、
妃をふじの
花が
咲く
山のふもとに
葬られました。
後に
残されたたくさんの
青い
珠は、むなしく
御殿の
中にさびしい
光を
放っていました。
王さまは
亡くなられた
妃の
供養のために、
大きな
鐘を
鋳ることになされました。そのとき、
妃の
大事にされた、
数々の
宝石をごらんになって、この
青い
宝石を
砕いて、
鉄といっしょに
熔かして、
形をなくしてしまおうとお
考えなされたのです。
石も、
鉄も、
熔かしてしまうために
強い
火がたかれました。
鐘を
鋳るものは、
王さまの
命令に
従って、
仕事に
苦心をしました。そして、
大きな、
重い、
青みを
含んだ
鐘ができあがったのでありました。
その
鐘は、
街から
仰がれる
山の
上に、
鐘楼を
建て、そこにつるされることとなりました。
朝、
晩、その
鐘をつくときに、
鐘の
響きは、
森を
越え、
街の
家々の
空に、
鳴りわたるだろう。
人々は、その
妙なる
鐘の
音を
聞くたびに、きっとわが、
美しい、やさしかった
妃のことを
思い
出すにちがいない。それが、すなわち、
功徳になるのだと、
王さまはお
考えなされたのであります。
いよいよできあがった
鐘をつるすときにあたって、あまり、その
鐘が
重いもので、どんな
綱も
切れてしまいました。
「これは、どうしたというのだろう。」
王さまは、お
考えになりました。なにかこれには、
子細のあることかもしれない。ともすると、
妃の
魂が、この
世に
対して、
深い
未練をもっているからかもしれない。ひとつ
占ってもらうことにしようと、
思われたのです。
ちょうど、そのころ、どこからともなく
城下へまわってきた
占い
者がありました。
鳥のように
諸国を
歩いて、
人々の
運命を
占う、
脊の
低い、
目の
光の
鋭い
男でした。
王さまの
命令によって、その
占い
者は、
召されました。
占い
者は、
山へ
登って、
鐘のそばにすわって、
祈りを
捧げたのでした。そして、しばらく、
瞑目していましたが、はじめて
夢からさめたように、
顔を
上げると、
「
死なれた、お
妃の
望まれるところでございます。どうか、千
人の
若い
女の
髪の
毛で
縒った
綱をもって
鐘をつるしてもらいたい。そうでなければ、けっして、
上へは、
懸からぬとのことでございます。」と
申しあげました。
王さまは、
深い
悲しみのうちに、
占い
者の
言葉を
聞かれました。いとしい
妃の
望みとあれば、せめて、この
最後の
望みをもかなえてやりたいものだと
思われたので、このことを
国じゅうに
布令されますと、
若い
女たちは、
娘も、
女房も、どうか
加護にあずかりたいと
思って、
自分の
髪の
毛を
惜しげもなく
切って、
奉ったのであります。
日ならずして、
太い
女の
髪の
毛で
造られた
綱ができました。にぎやかな
儀式が
行われた
後で、その
綱で
鐘を
釣り
上げましたところ、やすやすと
鐘楼につるされたのでした。
これを
見た一
同のものは、いまさらながら、
事の
不思議なのに
感心されたのであります。
それで、ひすいを
見分けるために、
御殿へ
召された
老人は、
妃が
亡くなられると、もはや、
仕事がなくなったので
暇を
出されました。一
時は、
王さまにも、
妃にも
寵愛されて、
厚いもてなしを
受け、いばっていたものが、
御殿を
出されると、ふたたび、さすらいの
旅に
上らなければなりませんでした。
老人は、
以前とちがって、すでにぜいたくに
馴れてしまったから、
昔のように、
山に
寝たり、
野原に
伏すことができなかった。
老人は、こんどは、
西国へいって、
女王に
仕えようと
思って、とぼとぼとやってきました。
しかし、
西国では、それどころでありません。
女王は、
老人を
見ると、たいそうお
怒りになりました。
「おまえが、つまらないことをいったばかりに、ふじの
花咲く
国と
戦争をするようになってしまった。この
国では、ひすいばかりでない。いっさいの
青い
石は
禁物である。もう、おまえには、
用事がない。」と、いわれたのであります。
この
国からも
追われた
老人は、その
後、どこへいったか、
知るものはなかったのでした。そして、いつしか、ひすいに
対する
異常な
流行は、やんでしまいました。
* * * * *
そのときから、
幾世紀は、
山をゆく
雲の
流れとともにたったのであります。ふもとの
街は、
田畑となり、
山の
上の
鐘楼は、
昔の
形見として、
半分壊れたまま
長い
間残り、そこには、
青さびの
出た
鐘が、
雨風にさらされてかかっていたけれど、だれも、それを
鳴らすものがない。たまたま
見物に、
山を
登ってゆく
人はありましたけれど、
道は
草にうもれて
消えかかっていました。ただ、
当年と
変わりのないのは、
初夏のころになると、ふじの
花が、ところどころ、みごとに
咲いて
山を
飾っていたのでした。
「この
鐘の
中には、ひすいが
熔かし
込んであるという
話だが、
青い
色が、なんとなく
底光りがして
見えるな。」と、
旅人は、
壊れかけた
鐘楼にたどり
着いたときに、
見上げながら
連れのものに
話したのでした。
人が、
山を
降ると、あたりは
寂然としました。みつばちが、
翅を
鳴らして、ふじの
花の
上へ
集まっています。
小鳥は、
巣を
造るために、
鐘楼に
止まって、
鐘をつるしてある
綱の
髪の
毛をつついては、
引きちぎって、どこへかくわえて
飛んでゆきました。
ある
日のことであります。ここから
遠く
離れた
街にあった、
鉄工場の
主人は、この
鐘が
雨風にさらされているということを
聞いて、
惜しいものだと
思いました。
安い
価で、
鐘を
買い
受けて、ひともうけしようと
思って、わざわざ
山へ
見にきました。
すると、いつ
落ちたものか、
鐘をつるしてあった
綱は
切れて、
鐘は、
下に
転がっていました。
主人は、まゆをひそめて、
子細に
鐘を
検分しましたが、もう
古い
鉄は、ぼろぼろになっていて、なんの
役にもたちそうでなく、まったく
自分の、くたびれ
損に
終わったことを
知りました。
――一九二八・四作――
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