その
翌日もいい
天気でした。この
門のところには、
朝早くから
日が
当たっていたのです。
炭屋の
小僧さんが、
塀によりかかって、ぼんやりとひなたぼっこをしていました。
夜の
間に
降りた
霜柱が、
日の
光をうけて、しだいにとけています。
敷石の
上は
乾いているが、
土の
上をふむと
足の
跡がつきました。
「もう、
得意をまわったのか、
早いなあ。」と、そこへやってきたのは、
同じ
年ごろの
酒屋の
小僧さんでありました。
「
寒くてしようがないや。」
「そんなに
肥っていても
寒いかなあ。」
「ばかいっていらあ、おまえは
寒くないか。」と、
炭屋の
小僧さんが、いいました。
「
相撲とろうか、おまえは
強そうだな。」と、
酒屋の
小僧さんが、いいました。
「おまえとなら、
負けやしない。」
「じゃ、こい!」
「よしきた。」
二人の
小僧さんは、
日の
当たる
前の
石畳の
上で、たがいに
押しあい、もみ
合いしていました。うん、うん、といううなり
声がきこえたのです。
梅の
盆栽を
縁側において、ながめていたおじいさんは、
小僧さんたちのうなり
声をきいて、なんだろうと
思いました。
「また、うちの
門のところで
騒いでいる。あすこは、よく
日が
当たるものだから、いいことにして、みんなあすこへきて、
塀によりかかって、きれいにしておく
石の
上をよごしてしまう。どれ、ひとつどなってやろうか。」
おじいさんは、わざと
勝手もとから、
門の
方へまわりました。そして、
塀についている
節穴から、
外のようすをのぞいて
見ました。すると、いま
二人の
小僧さんが
顔を
真っ
赤にして、たがいに
負けまいとして
取り
組んでいる
最中でした。
「ははあ、やっているぞ。」と、おじいさんは、しかることを
忘れてしまって、じっと、どちらが
勝つか、
負けるか、
見とれていました。
「そうだ、そうだ、もうひと
押しだ。」と、おじいさんは、
自分でも
力んでいました。そして、
心に、五十
年も
昔に
友だちと
相撲をとったことを
思い
起こしたのです。
「そうだ、そうだ、うん、どちらもなかなか
強いぞ。」と、
口の
中で、おじいさんは、いっていました。
二人の
小僧さんは、どちらも
力があって、いい
勝負だったが、
炭屋の
小僧さんのほうが
肥っているだけに
体力がつづくとみえて、
酒屋の
小僧さんはへとへとになって、
石畳の
上へ
倒れてしまいました。
「やっぱり、おれは
弱いなあ。」と、
酒屋の
小僧さんはため
息をつきながら、
悲観しました。おじいさんは、
「なんだ、そんないくじがないことでどうする。もう一
番やってみろ。」と、
心の
中で、
叫びました。
「どれ、もう一
度やろうか。」と、
酒屋の
小僧さんは、
立ち
上がりました。けれど、こんどは、なんの
苦もなく、
炭屋の
小僧さんに、たたきつけられてしまいました。
「おまえなんか、いくらかかってもだめさ。」と、
炭屋の
小僧さんは、
威張りました。
酒屋の
小僧さんは、いかにもくやしそうです。これから、
毎朝道であっても、
炭屋の
小僧さんに
頭が
上がらないと
思うと、
残念でたまりません。
「おい、もう一
度やろう、
今度負けたら、
降参するよ。」と、
酒屋の
小僧さんは、いいました。おじいさんは、
「そうだ、その
意気だ、しっかりやれ。」と、
心の
中で、
酒屋の
小僧さんに
応援しながら、
塀の
節穴から
目をはなしませんでした。
「いいか、
今度負けたら
降参するんだぜ。」
「いいとも。」
二人は、たがいににらみあって、
白い
息をはあはあやっていましたが、
酒屋の
小僧さんは、
弾丸のように、
相手の
胸へ
飛び
込んでいきました。
二人の
顔が、たちまち
真っ
赤になりました。さあ、
今度こそ
大相撲です。
一人は
肥って
力は
余っているし、
一人は、
負ければ
恥になるだけでなく、いよいよ
降参しなければなりません。どうしても
負けられない一
番です。
見ているおじいさんまでが、
苦しくなってきました。
「うん。」
「うーん。」
二人は、うなりつづけて、
組み
合ったまま
押したり、
押し
返したりして、
相手のすきをねらっていました。
「うーん。」と、おじいさんもうなって、
自分までが
相撲をとるような
気持ちでいました。ちょうど、そこへ
女中が、
「また、あすこへきて、
石畳の
上をよごしている。」と、
口こごとをいいながら、お
勝手もとから
出てくると、おじいさんは、
手でこちらへきてはならぬと
追い
返しました。なんといっても、
酒屋の
小僧さんは、いっしょうけんめいです。うん、うん、
炭屋の
小僧さんを
押していましたが、
炭屋の
小僧さんは、よくこらえていました。
「もうひと
息。」と、おじいさんが、いったと
同時に、
酒屋の
小僧さんがここぞと
押した
力に、
炭屋の
小僧さんはどっと
仰向きに
倒されて、ミシ、ミシといって、
塀の
板はこわれました。
酒屋の
小僧さんは、
勝った
喜びもどこへやら、
急に
顔の
色を
変えて、
倒れた
炭屋の
小僧さんと、こわれた
塀とを
見くらべましたが、
「よし、よし、
塀なんか、かまわない。おもしろかったよ。」と、おじいさんが、ふいに
門の
外へ
出ましたので、
二人の
小僧さんは、二
度びっくりして、おじいさんに、いくたびも
頭をペコペコ
下げて、いってしまいました。
「ああ、
子供は
元気でいいなあ。」と、おじいさんは、
空を
見上げました。そのおじいさんの
顔を
見て、
太陽は、にっこりと
笑いました。それからおじいさんは、
子供が
家の
前へきて
遊んでも、しからなくなったのであります。
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