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びんの中の世界(1)
日期:2022-12-07 23:59  点击:217
 

びんの中の世界

小川未明


正坊まさぼうのおじいさんは、有名ゆうめい船乗ふなのりでした。としをとって、もはや、航海こうかいをすることができなくなってからは、うちにいて、ぼんやりとわか時分じぶんのことなどをおもいして、らしていられました。
おじいさんは、しまいには、もうろくをされたようです。すくなくも、みんなには、そうおもわれたのでした。なぜなら、うみなかからひろってきたような、ちかかった一まいくろいたをたいせつにして、いつまでもそれを大事だいじにしてっていられたからです。
また、おじいさんは、うちまえって、あちらのやまのいただきをながめながら、
「まだ、こないかいな。」といわれました。
みんなは、それを不思議ふしぎおもったのです。
「おじいさん、だれがくるのですか?」と、うちひときますと、
うみから、わたしむかえにこなければならぬはずじゃ。」と、おじいさんは、こたえられました。
おじいさんが、とうとうくなられてしまってから、おばあさんは、正坊まさぼうに、よくおじいさんのはなしをしてかせました。
「おまえのおじいさんは、有名ゆうめい船乗ふなのりだった。しかし、としられてから、もうろくをなさって、毎日まいにち、あちらのやまほうて、うみから、だれかびにくるはずじゃといっていられた……。」
正坊まさぼうは、おじいさんのはなしくたびに、なんとなく不思議ふしぎかんじがしたのです。そして、そのことを、まったくもうろくからの言葉ことばばかりでないというようながしたのでした。
それで、正坊まさぼうは、やはり、うちまえって、あちらのやまをながめていました。あおそらしたやませんが、すそのほうへなだらかにながれている。よるになると、やまうえには、さびしくほしかがやいたのである。はるから、なつにかけて、そのやまむらさきえました。そして、ふゆになると、やましろになりました。
ゆきが、あのようにもっては、どんなおとこやましてくることはできぬだろう。……しかし、その勇士ゆうしは、また非凡ひぼんじゅつで、ゆきうえわたってこないともかぎらない。」と、ふゆ晩方ばんがたなど、正坊まさぼうは、そとってながめていたこともありました。
おばあさんは、ふるくからうちにあるのだといって、あめいろのガラスびんを大事だいじにして、たなのうえかざっておかれました。ゆきるころ、南天なんてんあかくなると、おばあさんはってきて、そのびんにさしてほとけさまにあげました。また、はるになると、つばきのえだなどをってきて、びんにさして、やはり仏壇ぶつだんまえそなえられたのです。
正坊まさぼうは、なんとなく、そのびんがほしくてなりませんでした。
「おばあさん、あのびんをぼくにおくれよ。」とねだった。
おばあさんは、なかなか正坊まさぼうのいうことをかれなかった。
「あのびんは、むかしからうちにあるびんだから、おもちゃにしてこわすといけない。」といわれた。
そうくと、正坊まさぼうは、ますますそのびんがしくなりました。
むかしさけかなにかはいって、わたってきたらしくもあれば、また、おじいさんが、船乗ふなのりをしていなさる時分じぶん、どこかでにいれたものらしくもおもわれました。
ある正坊まさぼうは、こっそりと、おばあさんにづかれぬように、たなのうえからびんをろして、そとってました。そして、びんのくちて、太陽たいようほうかってあおぎました。すると、一人ひとりおとこが、うまにまたがって、とお地平線ちへいせんからけてくるのがえます。正坊まさぼうは、あわててはなして、こうをると、どこにもそんなかげらしいものはなかった。正坊まさぼうは、このとき、そのびんを魔法まほうのびんだとったのでした。そして、このことをおばあさんにはなすと、
「ばか、なにをいう。」といって、おばあさんはげられませんでした。
正坊まさぼうは、くなられたおじいさんが、っていられた使つかいというのは、このびんのなかえるうまったおとこのことでないかとかんがえました。もうろくされたおじいさんは、このびんのなかえるおとこが、いつか、あのやまえてくるのだとおもわれたのであろう、とかんがえました。
しかし、不思議ふしぎなことは、二めに、正坊まさぼうがびんのくちをつけて、そらたときには、うまったおとこかげえずに、あかはないた野原のはらに、はるかに、まち姿すがたちいさくなってえたことです。
めに、かれが、そのびんからのぞいて、かなたをたときには、まえたような景色けしきえなくて、茫々ぼうぼうとした海原うなばらなかを、ただ一そうのふねがゆくかげえたのでした。そして、この三つの場面ばめんが、びんのくちをのぞくたびに、そのときどきにわってえるだけであって、景色けしきえなかったのであります。あるのこと、
「そう、そのびんをそとってて、いつかこわすといけない。」と、おばあさんがいわれたのを、正坊まさぼうは、わざとかぬふうをしてそとってました。
かれは、往来おうらいうえって、それをのぞきながら、ともだちがやってきたらともだちにものぞかせて自慢じまんをしてやろうとおもっていました。
このときどこからか、一人ひとりおとこが、ほんとうにうまってやってきました。そして正坊まさぼうると、ふいに、うまめました。
「ちょっとそのびんをおせ。」といって、おとこはびんをげて、くちててのぞきました。
「まことにめずらしいびんだ。わたしは、このびんをさがしていたのだ。ぼうは、わたしといっしょにこないか?」と、うまっているおとこはいいました。
正坊まさぼうは、かねて、おばあさんから、おじいさんのはなしいていました。「おじいさんは、やまして、だれか、きっとむかえにくるといってっていられたそうだ。それは、けっして、もうろくなされたから、そんなことをおっしゃられたのでなかろう。そのおとこというのは、きっと、このひとにちがいない……。」と、正坊まさぼうこころなかおもいました。
「おじさんは、どこからこられたのですか?」と、正坊まさぼうは、たずねました。
うみからきた。」と、うまっているひとこたえた。

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