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春になる前夜(1)
日期:2022-12-08 07:27  点击:260
 

春になる前夜

小川未明


すずめは、もうながあいだ、このはなくににすんでいましたけれど、かつて、こんなにさむふゆばんあったことがありませんでした。
西にししず時分じぶんは、あかそらえるようにみえましたが、がまったくれてしまうと、そらいろは、青黒あおぐろくさえて、さむさでおとをたててれるかとおもわれるほどでありました。どののこずえもしろしもひかっています。ものすごいつきひかりが一めんに、だまった、ひろ野原のはららしていたのでありました。
すずめは、一ぽんえだまって、この気味悪きみわるさむよるごそうとしていたのです。そのとき、ちょうどしたれた草原くさはらを、おおかみがはならしながらとおってゆきました。
やまにも、さわにも、もはやべるものがなかったので、おおかみはこうしてひもじいはらをして、あたりをあてなくうろついているのです。すずめはそれを毎夜まいよのようにるのでした。おおかみも今夜こんやさむいとみえて、ふっ、ふっとしろいきいていました。そして、こおりった水盤すいばんのようなつきかって、うったえるようにほえるのでありました。
すずめは、さすがのおおかみもやはり、今夜こんやはたまらないのだとおもって、だまってしたていますと、おおかみは、きゅうはらだたしそうに、もう一たかこえさけびをあげると、荒野あれのを一目散もくさんに、あちらへとけていってしまったのです。すずめはしばらく、そのうし姿すがた見送みおくっていましたが、いつかその姿すがたは、しろいもやのなかえてえなくなりました。
すずめは、もうこれから、ながをなんのかげも、またこえくことがないとおもいました。どうか、今夜こんや無事ふじごしたいものだとおもって、じっとしてじてねむ用意よういをしたのです。しかし、さむくて、いつものように、どうしてもすぐにはつくことができませんでした。
そのうち、きゅうにあたりがざわざわとしてきました。おどろいてけてまわしますと、いままで、さえていたつきおもてには、くもがかかって北西ほくせいほうから、さむかぜいてくるのでした。すずめは、いよいよ天気てんきわるとおもいました。
北国ほっこくには、こうして、てのひらうらかえさないうちに、天気てんきわることがあります。
このとき、ここにあわれな旅楽師たびがくしれがありました。それは年寄としよりのおとこと、わか二人ふたりおとこと、一人ひとりわかおんならでありました。この人々ひとびとは、たびから、たびわたってあるいているのです。そして、この荒野あれのしてやまをあちらにまわれば、となりくに近道ちかみちがあったのです。もうこちらのくにおもわしくないとみえて、そのひとたちは、となりくにへゆこうとしたのでしょう。そして、みちまよって、こんな時分じぶんに、ようやくここをとおるのでありました。
みんなは、うすい着物きものしかきていません。また、それほどいろいろのものをっている道理どうりとてありません。まったく、まずしいひとたちでありました。
みんなはたがいにいたわりいながら、つきひかりたよりにあるいてきましたが、このとき、ちら、ちら、とゆきってくると、もはや、一まえへはすすめなかったのです。
「ああ、とうとうゆきになってしまった。」と、一人ひとりおとこが、ためいきをもらしていいました。
わたしたちは、今夜こんやは、野宿のじゅくをしなければならないでしょうね。」と、わかおんなが、たよりなさそうにいいました。
野宿のじゅくをするにしても、このゆきではねるところもないだろう。」と、ほかのおとこがいいました。
にんのものは、ころげるばかりに、つかれと、不安ふあんとで、もはやまえ勇気ゆうきもくじけていたのです。
ゆきは、ますますってきました。そして、たちまちのうちに、を、おかを、はやしを、野原のはらめんを、しろにしてしまいました。つきひかりは、おりおり雲間くもまからかおして、した世界せかいらしましたけれど、そのひかりたよりにあるいてゆくには、あたりがしろで、方角ほうがくすらわからなかったのであります。
「おじいさんは、あんなにつかれていなさる。」と、さきになっていた一人ひとりがいって、いてまりました。すると、ほかのものもひとしくまって、みんなからおくれがちになって、とぼとぼとあるいていた年寄としよりをつのでありました。
「ああ、みんなのもの、もういそいだってしかたがない。何事なにごと運命うんめいだ。わたしたちがみちまよったのも、またこうしてゆきってきたのも、みんな運命うんめいだとあきらめなければならない。このゆきでは、夜道よみちもできないだろう。そして、いつおおかみや、くまにあわないともかぎらない。せめて、ここにあるさけでもみんなしてんで、うたかそうじゃないか。」と、おじいさんはいいました。
「ほんとうにおじいさんのいいなさるとおりだ。わたしたちは、ながあいだなかよくして、諸国しょこくあるきまわってきたのだ。最後さいごまで、おもしろく、いっしょにのうじゃないか。」と、わかおとこ一人ひとりがいいました。
「わたしは、かなしい。しかし、いまはどうすることもできません。すべての希望きぼうててしまいます。」と、おんななみだながらにいいました。
「ああ、くでない。わかおんなや、わかおとこが、このままんでどうするものか、きっとすぐにまれわってくる。わたしのいうことをうたがうじゃない!」と、おじいさんはいいました。

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