さらに、
事実を
上げると、
先日のこと、
男は、かきの
木にとまった、すずめをねらっていました。この
木は
火をまぬかれた
老木で、
枝を
張り、すずめなどのいい
遊び
場所でした。だれでも、こうした
光景を
見るなら、
生物の
命のとうとさを
知るものは、
神の
救いを
祈ったでありましょう。
正吉も、
心のうちで、どうか
弾のはずれるようにと
願っていました。しかし、
精巧な
機械のほうが、よりその
結果は
確実でした。たぶん、
子すずめを
助けたいばかりに、
親すずめが
身がわりになったらしく、いっしょに
逃げればよかったものを、ただ一
羽だけ、じっとして、
弾に
当たったのでした。
正吉だけでなく、
酒屋の
主人も、このありさまを
見ていました。
「あれは、たしかに
親すずめが、
身がわりになったんだよ。かわいそうにな。」と、
正吉が
青服にきこえるように、いうと、
「どこが、かわいそうなんだ。そういうなら、
牛肉も、
魚も、
食べないかい。ばかをいっちゃ
困るよ。」と、
青服は、せせら
笑いました。
赤い
顔の
酒屋の
主人は、
青服に
近よって、
「
旦那、いい
空気銃ですね。そこらのおもちゃとちがって、だいいち
鉄砲がいいや。」といって、ほめました。
青服は、
銃がいいので
当たると、
酒屋の
主人がいったとでもとったか、
「なに、おれは
腕に
自信があるんだよ。
先だっても
浜の
射的屋で、
旦那、どうかごかんべんねがいますって、あやまられたんだぜ。ねらったが
最後、はずしっこないからな。」と、
青服は
自慢しました。それから、
木の
下へいって、
落ちたすずめをひろいました。さっきまで、
仲間とさえずりあっていた、
哀れな
鳥は、もはや
屍となって、かたく
目を
閉じていました。
「やはり、
今のものなら、
日本製でしょうね。」と、
主人が
聞くと、
「ちがう。
戦争前のドイツ
製さ。これなら、かもでも、きじでも、なんでも
打てるよ。こんどうずら
打ちにいこうと
思っている。」と、こう
答えて、
青服は、
獲物をみつめるように、
目をかがやかせました。
「おもしろいでしょうね。」と、わざとらしく、
酒屋の
主人は、あいづちを
打ちました。
「なによりも、
殺生とかけごとが、
大好きだなんて、
困った
性分さ。」と、
青服は、
自分をあざけりながら、
他人のいやがることを
好むのが、
近代的と
思いこみ、かえって
誇りとするらしく
見えました。
「どれ、
見せてください。あんたの
鉄砲を。」
「おれんでない、
家主のだよ。ただ
打つのがおもしろいので、
食べやしないから、みんな
鳥は
借り
賃にやってしまうのさ。なんで、あのけちんぼが、ただで、
銃なんか
貸すもんか。」
「じゃ、
鳥は、みんな
家主さんに、やるんですね。」
「おとといだか、
打ったもずをやると、すずめより、
大きいって、
喜んだよ。」
正吉が、それを
聞いて、この
男は、
禁鳥でも
打つのかと、おどろきました。
彼が
空気銃を
持って
歩くかぎり、
小鳥たちにも、この
町にも、
平和はないという
気がしました。
うぐいすの
声を
聞いて、
画家をたずねてから、はや、二、三
日たちました。いつも
朝起きる
時分に
鳴いたのが、
急にその
声がしなくなりました。
正吉は、なんとなく、
不安を
感じたのです。
学校の
休みを
待って、
心の
引かれるまま、うぐいすのきた
方角へ
出かけてみました。
道ばたの
畑には、
梅の
木があり、
桜の
木があり、また
松の
若木がありました。
戦後になって、どこからか
植木屋がここへ
移植したものです。いろいろの
下草は、
霜にやけて
赤く
色づいていたし、
土は、
黒くしめりをふくんでいました。
正吉は、まだ
深くも
探してみないうちに、それは、
真に
偶然でした。ふと
足もとを
見ると、
草の
中に
落ちている、
小鳥の
死骸が
目にはいりました。はっと
思って、
予期したとおりだと、
胸がどきどきしました。けれど、まだうぐいすと
信じきれず、
手にとって
見ると、
草色をした
羽は、すでに
生色がなく、
体はこわばっているが、うぐいすにちがいなかったのです。おそらく、
声がしなくなった
日に
打たれたので、ねこも
気がつかなかったとみえました。
正吉は、さっそく
画家に
知らせました。そして、いいました。
「たしかに、あの
青い
服を
着た
男が、
空気銃で
打ったのです。」
「せっかく
山から、
林をつたってきたのを、
思いやりのないことをしたものだな。」と、
画家は、うぐいすの
死を
悲しみました。
「ほんとうに、
悪いやつです。」と、
正吉は、いいました。
「どんな
顔の
男だな。」と、
画家が、
聞きました。
正吉は、
自分の
知るだけのことを、くわしく
話して、
「
青服は、
自分の
口から、かけごとと
殺生がなにより
大好きだというのだから、やさしい
顔はしていませんよ。
酒屋のおじさんが、あの
男は、べつに
仕事もせず、
競輪や、
競馬で、もうけた
金で、ぶらぶらして
暮らすんですって。そして、お
体裁にあんな
日よけ
眼鏡をかけているのだって。」
「そうか、
与太者らしいな。まじめな
人間なら、そんなふうをしないし、
殺生をなにより
好きだなどといわぬだろう。いまごろ、はやりもしない
空気銃を、どこから
持ち
出したものか。」と、
画家は、
不審に
思いました。
「あすこの
空き
地へ二
軒つづきの
家が
幾つも
建ったでしょう。あすこにいるんですよ。
銃は
家主から
借りて、
自分は
打つのがおもしろいので、
鳥は
家主にやるといいました。
家主は、
戦争中、
竹の
子生活をした
人から、
時計や、
双眼鏡や、
空気銃など
安く
買い
取ったのだと、やはり
酒屋のおじさんがいっていました。」と、
正吉は
語りました。
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