都は、ちょうど
夏のはじめの
季節でありましたから、
街の
唐物店には、
流行の
美しい
日がさが、いく
種類となく
並べてありました。
「あの
日がさをさして
帰ったら、どんなにみんながたまげるだろう……。」と、
彼女は、
思いますと、それをさして
帰って、みんなに
見せてやりたいものだという
気になりました。
彼女は、
唐物店へいって、その
中のハイカラなのを、かなり
高いお
金を
出して
買いました。それをさして
歩いた
姿は、まったく
東京の
女であって、どこにも、
山奥の
田舎娘らしいところは
見えなかったのであります。
彼女は、
自分の
姿を
鏡にうつして
見とれていました。そして、いよいよふるさとに
向かって
旅立ったのであります。
山の
中のさびしい
村では、
耳の
遠い
娘が、
見ちがえるほどに、
美しくなって
帰ったといって、あちらでもこちらでも、うわさをしました。
「たいへんな、ハイカラさんになってきた。」と、みんなは、
口々にいいはやしたのであります。
娘たちは、まだ、こんなりっぱな
日がさを
見たことがありませんから、
耳の
遠い
娘が、
日がさをさして
歩くと、みんなはそのそばに
寄ってきました。はじめのうちは、
目を
円くして
見ているばかりで、
遠慮をして、
貸してくれなどといったものもありませんが、
日数がたって、
昔のいっしょに
遊んだ、
耳の
遠い
娘であったということが、
頭の
中にはっきりとわかると、
「
私に、ちょっと
貸してくんなさい。」といって、
娘たちは、
美しい、うす
紅色と
水色の
模様のついた
日がさを
借りて、
喜んで、それをさしてみました。
「
東京では、こんなりっぱなものを
毎日さし、
道を
歩くだか……。」といって、
聞いたものもあります。
「これから、
街の
中は、こんなパラソルがいくつ
通るか、
数えきれないくらいだ。」と、
耳の
遠い
娘はいいました。
これをきくと、
田舎の
娘たちは、
都のありさまをいろいろに
想像しました。
「それだら、たくさん、きれいなちょうが、
飛んでいるように
見えるだろう。」といったものもありました。
「ほんとうに、ちょうが
飛んでいるように
美しいだろう。」といったものもありました。
「どら、おらにも、ちょっと
貸してくんなせい。おら、
生まれて、はじめて、こんなりっぱなものをさしてみるだ。」といった
娘もありました。
その
娘は、
日がさを
借りてさしてみました。そして、
仰ぎますと、うすい
絹地をとおして
太陽の
光が、まばゆく、
顔の
上に
映るような
気がしました。
「まあ、お
日さまが、すいて
見えるだ。なんという、うすいりっぱな、
羽のようなこうもりだろう。」と、ため
息をもらしました。
「どら、
私にも
貸してくんなせい。」といって、
村の
娘たちは
日がさを、たがいに
奪い
合いました。
そのうちに、
一人の
娘は、すこしでも
長く
自分がさしていたいと
思って、
日がさをさしながら、あちらへ
逃げてゆきました。
「なんだずるい。
自分ばかりさして、おれにも
貸してくんなせい。」といって、
他の
一人の
娘は、その
後を
追いかけました。
逃げた
娘は、
山道を
日がさをさして
駆けてゆきました。そのあとを
他の
娘たちは、
追っていったのです。
きれいな
日がさは、
木の
枝や、
奪い
合いのために
切り
株などにあたって、
破れました。
村の
娘たちは、はじめてたいへんなことをしてしまったと
驚いて、
耳の
遠い
娘のところへきて、あやまりました。
彼女は、せっかく
買ってきた
大事な
日がさの
破れてしまったのを
見て、ただぼんやりとしてしまいました。
美しい
日がさが
破れると、もう
村の
娘たちは、
用事がないといわぬばかりに、どこかへ
散ってしまいました。
「
見たとこばかりきれいでも、あんな
紙ようなものが、なんの
役にたとうかさ。」と、
村の
娘はあざ
笑ったものもあります。
耳の
遠い
娘は、
急にさびしくなりました。しかし、びっこの
娘は、
昔もいまも、やさしい
心をもっていて、すこしも
変わりはありませんでした。
びっこの
娘は、
家にいて、
百姓をしていましたが、
暇をみては、
耳の
遠い
娘のところへたずねてまいりました。そして、
彼女から
都会の
話をきくのを
楽しみにしたのであります。
「ああ、
私は、いつ
東京へいって、そのにぎやかな
光景を
見られるだろう?」と、びっこの
娘は、ひとりでため
息をもらしたのでした。
そのうちに、
日数がたって、
耳の
遠い
娘は、また
東京へ
帰らなければならなかったのです。
「
私は、また
明日、
東京へ
立つことになりました。」と、びっこの
娘のところにきて、
暇ごいを
告げたのであります。
「こんどは、いつ、
二人が、あわれようか……。」と、びっこの
娘は、
別れを
悲しみました。ついに
別れる
日となりました。びっこの
娘は
耳の
遠い
娘を
村のはずれまで
送ってゆきました。
「どうぞ、お
達者で
暮らしてください。この
日がさは、あなたに
置いてゆきます。」といって、
耳の
遠い
娘は、
日がさをかたみに、びっこの
娘に
与えました。
二人は、そこで
悲しい
別れをしました。びっこの
娘は、ひとり
山道を
歩いて
帰ります
途中、
道ばたの
石の
上に
腰をかけて
休みました。そして、ふたたび
都へ
旅立っていった
友だちのことを
思い
出しながら、
美しい
日がさを
開いてながめていました。
たちまち、
青葉の
上を
波立っていました
山風が
襲ってきて、この
日がさをさらってゆきました。びっこの
娘はいっしょうけんめいであとを
追いかけましたが、とうとう
日がさは、
深い
谷の
中へ
落ちて
見えなくなりました。
しかし
不思議なことに、そのあくる
年からこの
山には、
美しい
更紗模様のついたちょうが、たくさん
谷から
出てきました。
村の
娘たちは、みんなそのちょうを
見て、いつか、
耳の
遠い
娘がさして
帰った、
日がさを
思い
出さないものはなかったのです。
また、それから
幾年にもなりますが、二
度と
耳の
遠い
娘は、ふるさとへ
帰ってこないのです。
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