そして、
翌日、
娘は
小鳥と
約束をしたように、
林の
中に
入ってゆきました。
彼女は、たまたま
立ち
止まって
耳を
傾けました。いつものいい
小鳥の
鳴き
声が
耳に
聞こえてこないかと
思ったからです。けれど、あたりは、まったくしんとしていました。
木々のこずえに
当たる
風の
音が
聞こえるばかりでありました。
「どうしたのだろう。」と、
娘はいぶかりました。
今日、この
林の
中でまたあう
約束をしたのに、
小鳥は、もはや
忘れてしまったのだろうか。いや、あの
鳥にそんなことのあろうはずがない。
娘は
胸の
騒ぎを
感じました。もしやと
思って、
彼女は、
昨日小鳥と
話をした
木の
下に
走ってゆきました。するとそこには、かわいらしい
昨日の
小鳥が
冷たくなって
地の
上に
落ちているのを
見ました。
彼女は、その
小鳥の
屍を
拾い
上げて、しっかりと
胸に
抱きました。
「おまえのいったことはうそではなかった。みんなほんとうのことであったのだ。そして、おまえは、
私のために
死んでくれた。しかし、
今日からはおまえは
私の
胸の
中に
生きるであろう。それでも
私は、ほんとうにさびしくなった。もう、おまえと
話をすることができなくなってしまった。」といって、
娘は、
熱い
涙と、
息を、
冷たくなった
小鳥の
屍に
吹きかけました。
小鳥のいったことは、みんなほんとうだったのであります。
娘は、だんだん
美しくなりました。その
目は
清らかに
黒みを
帯んで、その
声はますます
朗らかに、その
髪の
毛は、つやつやと
輝いたのであります。
彼女は、
風の
吹く
日も、また、
日の
照る
穏やかな
日も、
山の
林の
中に
入っていって、さびしく
独りでうたっていました。ある
日のことです。一
羽の
見慣れない
小鳥が
妙な
節で
木に
止まって
歌をうたっていました。
娘は、いままでこんな
不思議な
歌をきいたことがありません。
「おまえのうたっている
歌は、なんという
歌なの。」と、
彼女は、その
見慣れない
小鳥に
向かって
問いました。
小鳥は、
歌をやめて、じっと
娘の
顔を
見ていましたが、
「
私は、この
歌を
町から
覚えてきました。」と
答えました。
娘は、
小鳥の
答えを
聞くとびっくりいたしました。あのかわいらしい、
死んだ
小鳥が、
母親のいいつけを
守って、一
生町を
見ずにしまったことを
思い
出したからであります。また、
町へいったものは、
目の
色がにごるといった
話を
思い
出したからであります。
「
町って、どんなところなの?」と、
娘は、
町を
怖ろしいところと
思いながら
聞きました。すると、その
紅い
羽の
混じっている
小鳥は、
「それは、こことは、まるでなにもかも
違っています。
町には
美しい
家がたくさんあります。また、
美しい
人間がたくさん
歩いています。にぎやかな、
車や、
馬が、いつも
往来の
上を
通っています。そして、そこには、なにもないものはありません。
世界じゅうの
珍しいものが、みんなそこに
集まっています。この
林の
中にある
赤い
木の
実も、なしの
実も、また
丘にあるくりも、
畑にあるかきの
実もないものはありません。
私は、それを
見てきました。そして、まだ
町を
見ない
友だちにそのことを
知らしてやろうと
思って
帰ってきたのです。二
年前に
別れた
友だちを
探しているのですが、その
友だちが
見つからないので、いまこの
木に
止まって、
町で
覚えてきた
歌をうたったのです。」と、その
鳥はいいました。
「そんなに、その
町というところは、
美しいところなの?」と、
娘はたずねました。
彼女は、その
小鳥の
歌が、なんだか
自分まで
誘惑するような
気持ちがしたのです。
「それは、きれいなところです。一
度町を
見なければ、この
世の
中を
見たといわれません、ただ、
困ったことに、
私は、
昔、この
林でうたった
歌の
節を
忘れてしまいました。よく
友だちが
歌った、あの
歌です。せっかく
友だちを
呼ぼうと
思って
呼ぶことができません。」と、
小鳥は
当惑そうにいいました。
娘は、このときじっとその
小鳥を
見上げていましたが、
「じゃ、
私がうたってあげましょう、この
林の
歌を
忘れるなんて。さあよくおききなさい。
わたしの友だちは、
谷川に、山に、林。
雲は美しいけれど、心が知れず、
雪は冷たいけれど、白くて潔し。
四方の空に、風騒ぐも、
私の嘴を出る、声は乱れず。」
娘は、いい
声でうたいました。すると、
黙って
聞いていましたこずえの
小鳥は、
「ああ、その
声にきき
覚えがあります。
忘れていた
昔のことがすっかり
見えるようです。ああ、
私のこの
小さな
心臓がふるえる……。」
こういったかと
思うと、
木からばたりと
落ちてしまいました。