ひとり、
達ちゃんばかりでありません。みんなは、
政ちゃんの、いうことをきいて、ほんとうだと
思いました。
平常、かわいがっていながら、ペスが、
犬殺しに、つれられていったと
知っても、もらいにいってやらぬというのは、なんたる
不人情なことだろう。ペスは、
心のうちできっとだれかもらいにきてくださると
思っていたのにちがいない、そして、とうとうだれもきてくれないと
知ると、
死にもの
狂いで
逃げ
出してきたのだ。
心のうちで、みんなの
不人情をうらんでいるのだ。もうけっして、
人間を
信じてはならない。それは、
政ちゃんの、いうとおりだと
思ったからです。
「まあ、それにしても、よく
逃げ
出して、きたものね。」とお
姉さんは、
感嘆なさいました。
「
生きたい、一
念で、
逃げ
出してきたのでしょう。」と、お
母さんも、おっしゃいました。
「ワン、ワン、ほえたり、かみついたりしたんだろうな。」と、
正ちゃんが、いうと、
「ばか、そんなことをすれば、すぐなぐり
殺されてしまうじゃないか。」と、
達ちゃんがいいました。
「そんなら、どうして、
逃げてきたんだい。」と、
正ちゃんが、ききました。
「すきを
見て、いっしょうけんめいに
逃げてきたんだろう。」と
達ちゃんがいいました。
その
夜は、ペスが
帰ってきたことにして、みんなは、いろいろ
話をしましたが、
夜が、
明けたら、それを、たしかめようと、
達ちゃんと、
正ちゃんとは、めいめい
胸に
思って、やがて、
床の
中に
入ったのであります。
寒い
晩で、
木枯らしの
音がきこえていました。
床にはいってからも、
正ちゃんは、
風の
音に
耳をすまして、
逃げてきた、かわいそうなペスのことを
思って、なかなか
眠りつかれなかったのでした。
翌日は、
日曜日でした。
朝飯を
食べると、
正ちゃんは、
外へ
駆け
出してゆきました。
往来で、
徳ちゃんたちが、
遊んでいました。
徳ちゃんは、
政ちゃんと
同じ
年ごろでした。
「
徳ちゃん、ペスが
帰ってきたって、ほんとうかい。」
正ちゃんは、
徳ちゃんの
顔を
見ると、すぐこうたずねました。
「ああ、
昨日見たよ。」と、
徳ちゃんは
答えたのです。
「ほかの
犬だろう。」
「そうじゃない、ペスだよ。
日の
丸が、ついていた。」と、
徳ちゃんは、いいました。
「
日の
丸が、ついていた?」と、
正ちゃんは、
念を
押しました。
日の
丸というのは、ペスの
白い
脊中に
赤い
毛のまるい
斑があったので、みんながそういっていたのでした。
「
日の
丸があったよ。」と、
徳ちゃんははっきり
答えました。
そうきけば、もうペスの
帰ってきたのに、
疑う
余地がなかったのです。
正ちゃんは、
走って、
家へもどると、その
話を
達ちゃんにしたのです。
ちょうど、そのとき、
小田と
高橋が、
釣りざおとバケツを
下げて
達ちゃん
兄弟を
誘いにきました。
日曜日に、
川へ
寒ぶなを
釣りにゆく、
約束がしてあったからです。
「どうしよう? ペスをさがしにゆくのをよして、
釣りにゆこうか。」と、
正ちゃんは、
兄の
達ちゃんを
見上げました。
「おまえは、
釣りにいってもいい。
僕は、ペスをさがしにゆくから。」と、
達ちゃんが
答えました。
小田も、
高橋も、よくペスのことを
知っていました。
達ちゃんと
正ちゃんの
話をきくと、
「
僕たちも、いっしょに、ペスをさがしにゆこう。そして、はやく
見つかったら、みんなで
釣りに
出かけよう。」と、
小田がいいますと、
高橋も
賛成しました。
「
釣りざおとバケツを、ここに
置いてくれない。」
やがて、みんなが、一
団となって、ペスをさがしにゆきました。その
中に、
小さい
政ちゃんもはいっていました。
橋のところから、ペスのいったという、
道を
歩いて、
原っぱへ
出て、
半分は、
散歩の
気分で、
愉快そうに
話しながら、
足の
向く
方にあるいていったのであります。
あちらに、
自動車や、
自転車の
走っているのが
見える、
駅の
付近にきたとき、
「ほら、あすこに、ペスがいるじゃないか。」と、ふいに
政ちゃんが、
指さしました。
見ると、なるほど、
牛肉屋の
前に
白い
毛に
日の
丸の
斑のはいった、ペスそっくりの
犬がいました。
「ペスかしらん。」と、
正ちゃんは、
駆け
出してゆきました。あとから、みんながつづきました。しかし、その
犬は、ペスと
兄弟のように
似ていたけれど、やはり、ペスではありませんでした。
政ちゃんや、
徳ちゃんの
見たのは、この
犬だとわかると、みんなは
道をもどることにしました。
「ああ、ペスは、もう
殺されてしまったのだろう。」といって、
中にも、
達ちゃんと
正ちゃんは、ペスを
助けなかったのを、
後悔しながら、
木枯らしの
吹く
中を、みんなと
歩いていたのです。