すると、さすがに
珍しい
宝石だけあって、
赤・
緑・
青・
紫に
輝いて、どれがほかのものより
劣るということなく、
見とれずにはいられなかったのであります。
「
南の
国へさえ
持ってゆけば、一つが
幾百
両にもなる
品物ばかりだ。これをやるのは
惜しい。こんなに
高価なものをお
礼にする
必要はないのだ。どうせ、
今度きた
時分に、なにか
持ってきてやれば、それで
義理がすむのだ。」と、
宝石商は
考えなおしました。そして、その
石をみんなもとのとおり
包んで
隠してしまいました。
おばあさんや、
娘は、
宝石商が
寝てしまってから、なお
起きて
仕事をしていました。
明くる
日はいい
天気でした。
宝石商は、
勇んで
旅立ちの
支度にかかりました。
「いろいろお
世話になりましてありがとうぞんじます。なにかお
礼をすればいいのですが、いまはなにも
持ち
合わせがありません。いずれまたこの
地方にきましたときに、お
礼をいたします。」
と、
宝石商はいいました。
「なんのお
礼なんかいるものですか。この
道をまっすぐにおいでなさると
町に
出ます。
道中お
気をつけておゆきなさいまし。」といって、
二人は
見送ってくれました。
宝石商は、それから
幾日も
旅をしました。
山を
越え、
河を
渡り、あるときは
船に
乗り、そして、
南の
国を
指して、
旅をつづけました。やっと、
南の
国にきて、にぎやかな
金持ちのたくさんに
住んでいる
町を
訪ねますと、どうしたことか、その
町は
見つかりませんでした。そして、その
跡に
壊れた
壁や、
枯れた
木などが
立っていました。
宝石商は、
夢を
見るような
気持ちがしたのです。そして、そこを
通りかかった
人に、この
町はどうなったのかといってたずねました。
「二
年ばかり
前に
大地震があって、そのとき、この
町はつぶれてしまいました。」と、その
人はいいました。
「どこへみんないってしまったのですか。」と、
宝石商は、
昔の
繁華な
姿を
目に
思いうかべてたずねました。
「みんなちりぢりになってしまったのです。そのとき、
死んだ
人もたくさんありました。また、ここからもっと
南の
方の
町に
移ったものもございます。」と、その
人はいいました。
宝石商は、がっかりしてしまいました。せっかく、この
町の
金持ちをあてにして、わざわざ
遠く
北の
国からやってきたのに、むなしく
帰らなければならぬということは
残念でたまりませんでした。
彼は、
海岸にきて
岩の
上に
腰を
下ろして、ぼんやりと
海をながめながら
考えていたのです。
「もっと、
南の
方へいったら、また、
金持ちの
住んでいる
町があるかもしれない。その
町をたずねてゆこうか?」と、
思案にくれていたのです。
そのとき、
太陽は、
西の
海に
沈みかかっていました。
海の
上が
真紅に
燃えています。
宝石商は、また、これからの
長い
旅のことなどを
考えていましたときに、
不意に
大波がやってきました。そして、そばに
置いた
宝石の
包みをさらっていってしまったのです。
宝石商は、
気が
狂わんばかりにあわてたのです。けれど、どうすることもできなかったのであります。一
夜泣き
明かしたすえに、
「もう一
度、
北の
国へゆこう。そして、
宝石を
探してこよう。」と、
彼は
思いました。それよりほかにいい
方法がなかったからであります。
宝石商は、この
損をきっと
償うだけの
宝石をもう一
度、
北の
国へいって
集めてこなければならないと
決心しました。
彼の
頭の
中はそのことでいっぱいになりました。
彼は、
昼も
夜も、ろくろく
眠らずに、
宝石のことばかり
考えて
北の
国にやってきました。
北の
国は
雪で
真っ
白でありました。そして、
寒い
風が
吹いていました。
町から、
町へと
歩きましたが、一
度、
自分の
歩いた
町には、もう
珍しい
宝石は
見つかりませんでした。
すると、
宝石商は、いまさら、
失った
赤・
青・
緑・
紫の
宝石が
惜しくてしかたがなかったのです。
夜も
外に
立って、そのことばかり
考えていました。
このとき、
青・
赤・
緑・
紫の
宝石が、
夜の
目にも
鮮やかに、
凍った
雪の
上に
糸につながれたまま
落ちていて
輝いているのです。
彼は、うれしさに
胸がおどって、それを
拾おうと
駈け
出しました。すぐ
目の
前に
落ちていたと
思った
宝石のくび
飾りは、いくらいっても
距離がありました。
彼は、
血眼になって、ただそれを
拾おうと
雪の
中を
道のついていないところもかまわずに
駈け
出したのでありました。そして、
疲れて、
目がくらんでついに
雪の
野原の
中に
倒れてしまいました。
その
夜は、いつになく
空でありました。そして、
寒さむい
風かぜが
吹ふいていました。
町まちから、
町まちへと
歩あるきましたが、一
度ど、
自分じぶんの
歩あるいた
町まちには、もう
珍めずらしい
宝石ほうせきは
見みつかりませんでした。
すると、
宝石商ほうせきしょうは、いまさら、
失うしなった
赤あか・
青あお・
緑みどり・
紫むらさきの
宝石ほうせきが
惜おしくてしかたがなかったのです。
夜よるも
外そとに
立たって、そのことばかり
考かんがえていました。
このとき、
青あお・
赤あか・
緑みどり・
紫むらさきの
宝石ほうせきが、
夜よの
目めにも
鮮あざやかに、
凍こおった
雪ゆきの
上うえに
糸いとにつながれたまま
落おちていて
輝かがやいているのです。
彼かれは、うれしさに
胸むねがおどって、それを
拾ひろおうと
駈かけ
出だしました。すぐ
目めの
前まえに
落おちていたと
思おもった
宝石ほうせきのくび
飾かざりは、いくらいっても
距離きょりがありました。
彼かれは、
血眼ちまなこになって、ただそれを
拾ひろおうと
雪ゆきの
中なかを
道みちのついていないところもかまわずに
駈かけ
出だしたのでありました。そして、
疲つかれて、
目めがくらんでついに
雪ゆきの
野原のはらの
中なかに
倒たおれてしまいました。
その
夜よは、いつになく
空そらが
晴はれていました。さえわたった
大空おおぞらに、
青あお・
赤あか・
緑みどり・
紫むらさきの
星ほしの
光ひかりが、ちょうど
宝石ほうせきのくび
飾かざりのごとく
輝かがやいていたのであります。
寒さむい
風かぜは、
悲かなしい
歌うたをうたって
雪ゆきの
上うえを
吹ふいて、
木々きぎのこずえは
身震みぶるいをしました。
永久えいきゅうに
静しずかな
北きたの
国くにの
野原のはらには、ただ
波なみの
音おとが
遠とおく
聞きこえてくるばかりでありました。
哀あわれな
宝石商ほうせきしょうは、ついに
凍こごえて
死しんでしまったのです。
明あくる
朝あさ、
野ののからすがその
死骸しがいを
発見はっけんしました。
――一九二〇・一二作――