僕たちは愛するけれど
小川未明
「誠さんおいでよ、ねこの子がいるから。」と、二郎さんが、染め物屋の原っぱで叫びました。
誠さんにつづいて、二、三人の子供らが走ってゆきますと、紙箱の中に二ひきのねこの子がはいっていました。
「だれか、捨てたんだね。」
「橋の上に置いてあったのを、三びきジョンが食い殺したのだ。」
「悪いジョンだね、いじめてやろうか。」と、誠さんや、正ちゃんがいいました。
「茂さんが怒って、ジョンを河の中へ突き落としたんだよ、ジョンのやつ、クンクンないて逃げていってしまった。」と、二郎さんが、告げました。
「かわいらしいね。」と、新ちゃんや、年ちゃんが、ねこの前にしゃがんで、頭をなでてやりました。
「おなかが空いているから鳴くのだろう。」
「僕、ご飯を持ってきてやるから。」
新ちゃんは、家へ駆け出してゆきました。ご飯にかつお節をかけて、おさらに入れて持ってきました。一ぴきは、小さな頭を振って食べました。一ぴきは、箱のすみでふるえていました。
「かわいそうだね。」と、誠さんが、二ひきの子ねこを見ながらいいました。
「晩に雨が降れば死んでしまうね。」
「僕たち、雨の当たらないように、お家を造ってやろうか。」と、年ちゃんがいいました。
「そんなことをしたって、だめだよ。それよりか、だれか飼ってくれないかな。」と、二郎さんが、いいました。
「だれか、飼ってくれるといいね。」と、誠さんが、二郎さんの言葉に同意しました。
「新ちゃんの家では、飼わない?」
「僕のうちでは、お母さんが、ねこをきらいだよ。」と、新ちゃんは、答えました。
「君のうちでは?」と、誠さんが、二郎さんにききました。
「僕のうちには、一ぴきねこがいるじゃないか。」
「あの、大きいきつね色のどらねこは、君んちのかい。」
「ああ、そうさ。」
これをきくと、みんなが笑いました。
「あのくりの木に、かぶとむしがいる!」
このとき、あちらで、だれかいった声がすると、みんなは、その方にかけていってしまいました。あとには、二郎さんと誠さん、二人だけが残って、子ねこをどうしたらいいものかと相談していました。
「どこかで飼ってくれないか、方々きいてみようか。」
「そうだ。きいてみようよ、飼ってくれる家があるかもしれないからね。」
誠さんは、子ねこの入っている紙箱を抱きました。二郎さんは、先になって、町へ出るとあちら、こちらながめました。あちらに、お菓子屋のきみ子さんがいました。いつかいじめたので、二郎さんは、顔の四角な、鼻のとがった父親からしかられたことがあります。しかし、いまはそんなことをいっている場合でないから、
「きみ子さん、ねこの子を一ぴき飼ってくれない?」と、二郎さんが、いいました。
「わたし、ねこ大好きよ。家へいってきいてみてくるわ。」といって、かけ出してゆきました。
「あいつ、ときどき生意気なんだよ。」
「だけど、ねこを飼ってくれたらいいね。」
そこへ、きみ子さんは、顔を赤くしてもどってきました。
「お母さんが、飼ってやるって。」
「それは、ありがとう。」と、誠さんは、箱の中から、一ぴきとり出して、
「これがいいだろう。」と、きみ子さんにききました。黒と白のぶちのかわいらしいやつです。きみ子さんがねこを抱いてゆくと、誠さんも二郎さんもいっしょにゆきました。
「牛乳をやっておくれ。」と、誠さんが、いいました。二人は、喜んでそこから出ると、
「もう、あと一ぴきだ。」といいました。けれど、一ぴきもらい手があったことは、どんなに二人を勇気づけたでしょうか。
荒物屋の前に、若いおばさんが、赤ちゃんを抱いていました。なんと思ったか誠さんは、そのそばへいって、
「おばさん、このねこの子を飼ってやってくださいませんか。」と、頼みました。
赤ちゃんは、子ねこを見て、きゃっ、きゃっといって、喜びました。二郎さんは、赤ちゃんの喜ぶのを見て、自分も笑って、赤ちゃんに見とれていました。
「まあ、かわいい子ねこですね。この子が喜びますから、飼ってやりますわ。」
おばさんは、お家へ入りました。あとについて、二郎さんと誠さんが入りました。
「どうもありがとう。」と、おばさんにお礼をいわれて、二人は、元気よく外へ出ると、急に明るく感じました。
「よかったね。」
こういって、顔を見合わせて、にっこりしました。このとき、あちらからきみ子さんが、さっきの子ねこを抱いてやってきました。
「どうしたの?」
「お父さんが帰って、いけないとしかったの。」
「だめだというのかい。」
「お父さんが、返してこいというの。」
二郎さんは、ひったくるようにねこを受け取りながら、
「やな親父だな、飼ってもらわなくていいよ。」といいました。
この権幕におそれて、きみ子さんは、逃げていってしまいました。
「どうせ、こんなことだろうと思った。」と、二郎さんが、いいました。
「僕、うちへ持っていって、お母さんに願ってみよう。」と、誠さんが、決心を顔に表して、いいました。
「そうかい、お母さんにお願いしておくれよ。」
二郎さんは、安心して、別れて帰りました。誠さんは、家へ帰って、お母さんにいままでのことを話しました。そばでこれをきいていた、お姉さんが、
「お母さん、飼ってやりましょうよ。」と、口を添えてくれました。
「おまえさんに、そのめんどうができますか。」と、お母さんは、おっしゃいました。
「僕、かならずめんどうをみてやります。」と、誠さんが答えました。
その晩であります。お父さんがお帰りになったので、ねこの話をすると、
「誠や、お友だちに大骨おりをかけた、ねこをつれてきてお見せなさい。」と、お父さんは、笑って、おっしゃいました。誠さんはすぐ抱いてきて、
「お父さん、これです、かわいいねこでしょう。」
お父さんは、子ねこを抱いて、ごらんなさったが、急に、まじめな顔をして、
「なんだ、これは雌でないか。」と、おっしゃいました。
「雌ですか、雌だっていいや。」と、誠さんがいいました。
「それは、だめだ。一ぴきやるのにも、もらい手がなくて、そんなに困るのに、毎年、春秋幾ひきも子供を産んだらどうするつもりです。やはり、しかたがないから、そのたびに捨てなくてはなりません。だから、はじめから飼わんほうがいいのです。」
誠さんは、お父さんのおっしゃることをきくと、なるほどそうかもしれないと思いましたが、いまさら、この子ねこをどうするわけにもいきませんでした。
「お父さん、そんなことをいっても、このねこを捨てれば、死んでしまいますよ。僕、そんなことはできません。」といいました。
「困ったなあ。」と、お父さんは、考えていられました。ちょうど、そこへ、米屋さんが、
「たいそう、おそくなりまして。」といって、お米をとどけにきて、この話をききますと、
「雌でもかまいませんから、私にくださいませんか、ねずみがいてしようがないのです。」といって、とうとう米屋さんが、ふところに入れて帰りました。
誠さんは、やっとこれで思いを達して、喜びましたが、こんどのことで、僕たちは、ほんとうに愛するけれど、大人たちは、生きている動物をかわいそうに思い、かわいがるというよりか、気まぐれや、都合で、飼ったり、また捨てたりしていることを知りました。