北海の波にさらわれた蛾(2)_小川未明童話集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29 点击:3334
「どうして、こんなに遠いところへ、あなたたちはいらしたのですか?」と、こんどは、蛾が花に向かってたずねました。
「人間が、その島から、私たちをつれて、こんなところへ持ってきたのです。人間は、かってなことをするものです。私たちは、もうどんなことがあっても故郷へ帰ることはできません。」と、花は、悲しそうにいいました。
「そうですね。あなたには、飛ぶ羽がありませんものね。」と、蛾が答えた。
「もし、私たちに、飛ぶ羽があったら、あなたがたにそっくりで、変わりがないでしょう。」と、りんごの花は笑いました。
「その島は、そんなに美しいのですか?」
「その島に咲く、花の色は、もっと白くて雪のようです。香気はもっと高く、空の色は、もっと青く冴えているし、海の色は、たとえようもないほど、青く、また紫です。」と、花は思い出したように蛾に向かっていいました。
りんごの木が、この話をした後のことです。蛾たちは、ある日の晩方寄り合って、みんなで相談をしました。
「自分たちは、ここで一生を送ったらいいだろうか。」
「りんごの花は、じきに散ってしまうだろう。そうしたら、どうするのだ?」
「この花が散ってしまったら、また、生まれた深林へ帰るよりしかたがない。」
「帰りたいものは、帰るがいいが、俺たちは、いやだ。どこかへ飛んでいこう……。」
「旅をするなら、いっしょにしようじゃないか。いっしょに生まれた兄弟だもの、いっしょに死ぬのがほんとうだ。」
「そうだ。」
「それにちがいない。」
蛾たちは、りんごの花から聞いた、北海の中にある美しい島に向かって、大旅行を企てることを決議したのでした。そして、そのことを花に向かって話しました。
りんごの木は、最初は、びっくりしましたが、後には、心から、その旅行を祝して、その成功を祈ったのです。そして、蛾たちに向かって、北海を渡る時分の注意をして、
「私が、こちらにくるときに見たことを話しますと、人間のたくさん住んでいる町は、夜になると、いろいろのりっぱな花が一時に咲いたように、燈火が輝きます。けれど、それを花と思って飛んでいっては、いけません。そして、町の近傍には、人間の栽培している花園や、いろいろの果樹園があるものですから、そこへいってお休みなさい。それから、北へ、北へ、町や、野原や、山を越して飛んでおゆきなさると、いつしか海が見えます。その海の岸に沿っていちばん高い山があります。山の頂にはいつも、雪があって光っているから、すぐわかります。その山のふもとで、しばらくお休みなさい。そこには高山植物の咲いている野原や、深林がありますから、ここで、天気を見はからって、海の上を渡ることになさい。そうすると、あちらに、美しい島が見えます。島へお着きになったら、私どものことをみんなに話してください。どんなに驚いて、あなたたちを歓迎することでありましょう……。」と、りんごの木はいいました。
蛾たちは、勇みたちました。ある日の昼ごろ、みんなは、この大旅行の途に上ったのです。自分たちの生まれた、故郷の深林をふたたびかすめて飛び、さらに、明くる日は、鈍い砂漠を越して、遠くまでいったのでありました。
空をかすめて飛ぶ蛾の群れは、たがいにおくれまいとしました。そして、夕暮れ方になると深林や、花園へ降りて休んだのでした。赤い夕日は、彼らの目に悲しく映りました。
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