北海の波にさらわれた蛾(3)_小川未明童話集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29 点击:3334
図画の時間に、小野がふり向いて、いいました。
「こんなりんごは、めったに見ないね。どこで買ってきたんだい。」と、隣の山田が、ききました。
「田舎のおばあさんから、送ってきたんだ。」と、政ちゃんが、答えました。
「たくさん送ってきたんかい。」
「ああ、たくさん送ってきたんだ。」
「いいなあ。」
「だけど、みんな食べてしまって、もうこれきりないんだ。」
「なあんだ、それじゃつまんないな。」
このときです、先生が、大きな声で、
「横を見たり、話をしたりせんで、上手におかきなさい。」と、おっしゃいました。
政ちゃんは、うまく描けて、いいお点をもらったら、おばあさんのところへ送ってあげて、見せようと思ったので、一所懸命で描きはじめました。
つぎは、算術の時間でした。ベルが鳴って、みんな教室にはいったときです。
「僕に、りんごをおくれよ。」と、山田がいいました。
「僕が、もらう約束をしたんだい。」と、小野がいいました。
政ちゃんは、二人が、ほしいというので困ってしまいました。
「ジャンケンおやりよ。」
政ちゃんの机の上にのっていたりんごを、ふいに小野が取ってしまいました。
「ずるいやい。」と、叫んで、山田が、それを奪い返そうとしました。ちょうど、昨日、政ちゃんが、兄の勇ちゃんに向かってやったと同じことです。
そのとき、もう先生は、教室においでになって、じっと二人が、りんごを奪い合っているのを見ていられました。二人は、大騒ぎをしていました。知らなかった政ちゃんが、気がつくと、
「先生が。」と、注意しました。
二人は、びっくりして、争うのをやめたけれど、遅かったのです。
「小野も、山田も、こっちへくるんだ。」と、先生は、おそろしい顔つきをなさいました。
「さあ、女の組へいって勉強せい。」
みんなは、女の組へやられるのが、罰の中でもいちばん苦しかったのです。山田は真っ赤な顔をして、先生に引きずられるようにして、連れてゆかれたけれど、小野は柱につかまって、動きませんでした。先生は、小野のわきの下をこそぐりました。
それでも、我慢をして、はなれまいと柱にしがみついたのです。お席から、くすくす笑う声が起こりました。
「よし、そこに、いつまでもそうやっておれ。」と、山田一人をつれてゆかれました。
「小野、この間に、逃げっちまえよ。」
「逃げたら、後で、よけいにしかられるぞ。」
政ちゃんは、この赤いりんごから、たいへんなことが起こったものだと、りんごを拾って、かばんの中に入れてしまいました。
小野が、教壇の上に立たされて、頭をかいていると、女の尾沢先生が、山田をつれて教室にはいってこられました。
「これから気をつけて、騒がないといいますから、どうぞ、こんどだけは、許してあげてくださいまし。」と、あやまってくださいました。
「もう、きっと気をつけるね。じや、尾沢先生に、お礼を申しなさい。」と、先生は、山田にいわれました。
山田は、顔を赤くして、頭を下げました。そして、山田だけは、お席にはいって、みんなといっしょに勉強することを許されたけれど、小野は、先生のいうことをきかなかったばかりで、時間の終わるまで、そこに立たされていました。
「勇ちゃん、りんごをあげようか。」
学校から帰ると、政ちゃんはいいました。
「りんご?」といって、勇ちゃんは、かけてきました。
「きのうのりんごじゃないか。政ちゃんは、どうして食べないのだい。」
「どうしても、僕たべたくないのだ。」
「おかしいな。」
お母さんも、赤いりんごをごらんになって、
「ほんとうに、くいしんぼうの政ちゃんが、どうしてたべなかったの。」と、おっしゃいました。
政ちゃんは、このりんごを学校で小野と山田が奪い合って、先生に立たされたことを思い出しました。それを考えると、家に帰って、かばんからとり出したけれど、どうしても食べる気が起こらなかったのです。田舎のおばあさんから送っていただいただけに、捨てることもできなかったのでした。
そのお話をすると、勇ちゃんは、
「僕、そんなりんごをたべるのはいやだ。」といって、あちらへいってしまいました。
「まあ、よくけんかの起こるりんごですね。このことを田舎のおばあさんにいってあげようかしらん。おばあさんは、きっと兄弟げんかをするようなら、もうこれから送らないとおっしゃるでしょう。」
「もう、けんかをしないから、そんなことをいってやっちゃ、いやだよ。」
お母さんは、笑って、おうなずきになりました。
このとき、ドン、ドン、と、外の方で太鼓の音がしました。
「政ちゃん、りんごをさるにおやりよ。」と、勇ちゃんが、入り口から、のぞいて、いいました。政ちゃんは、赤いりんごを持って、かけ出してゆきました。政ちゃんは、赤いりんごをさるにやりました。
さるは、りんごをもらって、よろこんで、さるまわしの背中におぶさりながら、コスモスの咲く、垣根に添って、あちらの方へと見えなくなったのであります。
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