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町のお姫さま_小川未明童話集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3446

街の幸福

小川未明


盲目めくらの父親ちちおやの手てを引ひいて、十二、三歳さいのあわれな少年しょうねんは、日暮ひぐれ方がたになると、どこからかにぎやかな街まちの方ほうへやってきました。
父親ちちおやは、手てにバイオリンを持もっていました。二人ふたりは、とある銀行ぎんこうの前まえへくると歩あゆみをとめました。そこは、石畳いしだたみになっていて、昼間ひるまは、建物たてものの中なかへはいったり、出でたりする人々ひとびとの足音あしおとが鳴なるのであったが、夜よるになると、大おおきな扉とびらは閉しまって、しんとして、ちょうど眠ねむった魔物まもののように、建物たてものは、黒くろく突つっ立たっていました。
親子おやこのものには、このうえない、いい場所ばしょであったのです。ほかの人ひとに、その場所ばしょを取とられてはならないと思おもって、まだ、あたりの暗くらくならないうちから、やってきて、しょんぼりと、扉とびらのわきに背せを寄よせて立たっていました。
やがて、街まちには、燈火あかりが、花はなのように輝かがやいて、頭あたまの上うえの空そらは、紫色むらさきいろに匂におい、星ほしの光ひかりがあちら、こちらと、ちりばめた宝石ほうせきの飾かざりのようにきらめきはじめると、街まちの中なかを、ぞろぞろと男女だんじょの群むれが、ざわめきたって流ながれたのでした。
もう、人々ひとびとの顔かおは、そんなに、はっきりとわかりませんでした。このとき、父親ちちおやは、頭あたまをすこしかしげぎみにして、バイオリンを弾ひき、少年しょうねんは、それに合あわせて、唄うたをうたいました。童謡どうようもあれば、また、流行歌りゅうこうかのようなものもうたったのであります。
前まえを通とおりすぎる人々ひとびとは、ただ、こちらを見みて、いってしまうのや、また、ちょっと立たち止どまって、二人ふたりの顔かおをのぞきこんで歌うたも聞きかずに、去さってしまうのもあり、あるいはしばらくたたずんで、バイオリンの音ねと、少年しょうねんの歌うたうのを聞きいているものもありました。
その長ながい間あいだ、みすぼらしいふうをした父親ちちおやは、同おなじ姿すがたで、楽器がっきを弾ひいていました。自分じぶんの弾ひく音色ねいろに、ききとれているのか、それとも子供こどもの唄うたにききとれているのか、うつむきかげんに頭あたまをかしげていました。やがて、いくつかの唄うたがすむと、少年しょうねんは自分じぶんのかぶっている帽子ぼうしを脱とって、それを持もって、立たっている人々ひとびとの前まえをまわりました。すると、なかには帽子ぼうしの中なかに銭ぜにをいれてやるものもあったが、少年しょうねんが、その前まえにこぬうちに、さっさといってしまうものもありました。
時ときがたつと、人ひとの往来おうらいも減げんじてゆきました。そして、まわりに立たつ人影ひとかげも少すくなくなった。けれど、二人ふたりは、明日あしたの生活せいかつのためには、まだ、その晩ばんの稼かせぎをつづけなければなりません。いつしか、このあわれな父親ちちおやと子供こどもだけを、そのまま残のこして、人々ひとびとは、みんなどこへか消きえてしまいました。おそらく、めいめいの明あかるい家庭かていへ、幸福こうふくなすみかへ帰かえったのでありましょう。
少年しょうねんは、さびしそうに、あたりを見みまわしました。あちらの電車でんしゃの停留場ていりゅうじょうの方ほうも、一時じのように、人ひとの黒くろい影かげもなければ、ただ、レールが、光ひかってみえるだけです。空そらには、いままでより、もっとたくさん星ほしが見みえていました。
「これから、私わたしたちが、楽たのしく遊あそんで、人間にんげんをうらやましがらせてやるのだ。」と、星ほしたちが、話はなしているように思おもわれたのです。
父親ちちおやは、手てを休やすめて、バイオリンを抱かかえてだまっていました。このとき、少年しょうねんは、いっそう、悲かなしかった。そして、ふと思おもい出だしたように、向むこう側がわのたばこ屋やを見みました。すると、やさしい美うつくしい娘むすめさんが、店みせにすわっていました。
……空そらの曇くもった、いまにも降ふり出だしそうな晩ばんのことであります。二人ふたりは、さびしそうに、銀行ぎんこうの前まえに立たっていました。
「お父とうさん、どうしましょう。」と、少年しょうねんは、うらめしそうに、さびしい往来おうらいの上うえをながめながらいいました。
「そうだな、今夜こんやは、あきらめて帰かえるとしよう。どれ、もう一つ、気きの毒どくだが、唄うたをうたってくれ。」と、父親ちちおやは、答こたえて、バイオリンを鳴ならしはじめた。
少年しょうねんは、いつものように、精せいいっぱいの声こえを出だしてうたったのです。やがて、うたい終おわると、それを待まっていたように、はたから、
「はい、あげますよ。」と、若わかい女おんなの人ひとが、少年しょうねんにいいました。少年しょうねんは、この思おもいがけない恵めぐみをありがたく思おもって、破やぶれた帽子ぼうしを差さしだすと、女おんなはその中なかに銭ぜにをいれてくれました。そして、女おんなは、あちらに立たち去さりました。
少年しょうねんは、世よの中なかには、やさしい心こころの婦人ふじんもあるものと思おもって、そのうしろ姿すがたを見送みおくりますと、女おんなは向むこう側がわのたばこ屋やにはいりました。そのときから、その人ひとは、店みせにすわって、毎夜まいよのごとく、自分じぶんたちの方ほうを見みている、美うつくしい娘むすめさんだったということを知しったのであります。
そうしたことは、その夜よだけでなかった。それからいくたびも、親子おやこが、困こまっていたときに、娘むすめさんは、銭ぜにを与あたえてくれました。ちょうど、あちらから、二人ふたりのようすを見守みまもっている天使てんしのように、少年しょうねんには、なつかしく、貴とうとく、思おもわれたのでした。
「お父とうさん、また、あのお姉ねえさんから、銭ぜにをもらいましたよ。」と、少年しょうねんは、娘むすめの去さった後あとでいうと、父親ちちおやは、じっとして、うつむきながら、
「よく、お礼れいをいいな。」と答こたえました。
二人ふたりは、世よの中なかの人ひとが、たとえ、みんな冷つめたくとも、ただ一人ひとりだけは、あたたかな心こころを抱いだいていてくれるということを感かんじたときに、どんなに、それを力強ちからづよく思おもったでありましょう。わけて、少年しょうねんには、遠とおく見みえる、美うつくしい娘むすめの姿すがたが、この人生じんせいを明あかるくしたのに不思議ふしぎはありません。
ある夜よのこと、思おもいがけなく、新聞社しんぶんしゃの人ひとがきて、二人ふたりの立たっているところを写うつし、記者きしゃは、少年しょうねんに、いろいろのことをたずねて去さりました。そして、翌日よくじつのその新聞しんぶんには、大おおきな見出みだしで、孝行こうこうの少年しょうねんの記事きじが、写真しゃしんとともに載のせられていました。
少年しょうねんには、そのことがなんとなく、面おもはずかしいことのような気きがしました。しかし、このことがあってから、夜よるになると、人々ひとびとは黒くろく二人ふたりを取とり巻まきました。そして、二人ふたりは、銭ぜにをもらい、いままでのごとく、困こまったことはなかったけれど、少年しょうねんにとってただ一つ、物足ものたらないものがありました。それは、それ以来いらい、娘むすめさんが二度どとやってきてくれなかったことです。
*   *   *   *   *
父親ちちおやの死後しご、少年しょうねんは、労働者ろうどうしゃとなって、工場こうじょうに働はたらきました。運命うんめいは、いろいろに、もてあそんだ。彼かれは、機械きかいに触ふれて、不具者ふぐしゃになりました。そして、二十余年よねんの間あいだに、いろいろのことがあったが、ついに、ふたたび、バイオリンを抱いだいて自みずから歌うたい、街頭がいとうに立たたなければならぬ身みの上うえとなったときに、昔むかしの場所ばしょを選えらばずにはいられませんでした。
街まちの中なかを通とおる人々ひとびとも、両側りょうがわの店みせもだいぶ変かわったけれど、やはり、銀行ぎんこうは、そこにあり、そして、向むこう側がわにたばこ屋やがありました。彼かれは、父親ちちおやと二人ふたりして、ここに立たった日ひの幸福こうふくを呼よび返かえそうとした。それは、きわめて、はかない幸福こうふくであったが……。しかしその人ひとは、いまどこに嫁とついで、いいお母かあさんになったか、明あかるい燈火あかりの下したには、美うつくしい姿すがたを見みいだすことはできなかったのでした。
――一九二九・六――

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09/25 08:07