博物館
「ねえ、
叔父さん、
上野へまいりましょう。」と、
学生がいいました。
もう、
秋で、
上野の
山には、いろいろの
展覧会がありました。
「そうだな、
天気がいいから、いってみようか。」
二人は、
家を
出かけました。そして、
電車を
降りて、
石段を
上がり、
桜の
木の
下を
歩いて、
動物園の
方へきかかりました。いつしか
桜の
葉は
黄ばみかかって、なかに、
虫ばんでいるのもあれば、
風もないのに、
力なく
落ちるのもありました。
「おまえは、
光琳の
絵を
見たことがあるか。」と、
叔父さんは、
甥にききました。
「よく、
絵画雑誌に
載っている、
写真版で
見たことがあります。」
「
写真版では、うまみがよくわからんが、
気品があるだろう……。」と、
叔父さんがいわれた。
「なかなか、
豪華でいいと
思います。」と、
学生は
答えました。
「そう、
豪華じゃ。」
二人は、
博物館の
前の
通りを
歩いていました。
「おまえは、どこへゆくつもりじゃ。」と、
叔父さんは、
立ち
止まってきかれました。
学生は、
美術館に、いま
開かれている
洋画の
展覧会を
見たいと
思ったのです。
「
博物館に、いま
光琳・
抱一など、
琳派の
陳列があるのじゃがな。」と、
叔父さんは、
博物館の
門のある
方をつえで
指しました。しかし、その
方には、
人影が
少なくて、
寂しかったのです。そして、
青年や
若い
女たちは、うららかな
秋の
日の
光を
浴びながら、
旗の
立っている
美術館の
方へと、あとからあとから、つづいたのでした。
「
僕は
洋画を
見たいのですが、
叔父さんもごらんなさいませんか。」と、
学生は、いいました。
「なるほど、みんな、そっちへばっかりゆくのう、どんな
傑作があるのか、おまえのおつきあいをしてみようか。」
叔父さんは、
博物館の
方を
名残惜しそうに、もう一
度見返ったが、つい
甥の
後からついて
美術館の
入り
口をはいってゆきました。
帰る
時分になって、
叔父さんは、
思いました。――
西洋画なんて、どこがおもしろいのだろう? そして、
博物館にいい
陳列があるのに、
見にゆかずに、こちらへばかりやってくる――。
「
高い
金を
出して
見るだけのこともないじゃないか。」と、
叔父さんはいいました。
「
叔父さん、
昔の
絵は、いくらよくたって、
冷たい
墓石のようなものです。いまの
若い
人の
画には、
自分たちと
同じ
血が
通っています。まあ、
自分の
姿を
見にゆくのですね。」
「すると、おもしろくないのは、もう
自分の
姿がどこにも
見いだせないというわけかな。そう
考えれば、さびしい
気がするのう。」
頭の
白くなった、
人のよい
叔父さんは、ほんとうに、さびしそうに
笑いました。