少年は、それを
打ち
消すようにして、
「お
母さん! ほんとうに、
外で
僕を
呼んでいたんですよ。うそだと
思ったら、
見てごらんなさい。」と、
少年はいいました。
「じゃ、
私が
見てみよう。そして、もしいたら、しかってやろう!」と、
母親はいって、
窓から、あちらを
見ました。
「だれもいないじゃないか。おまえは
夢を
見たのだよ。」といって、
母親は、
寒いので、
障子をぴしりと
閉めてしまいました。
その
日から、
少年の
病気は、いっそう
重くなったので、
家の
人たちは、みんな
心配したのであります。
少年は、
窓からのぞいて
見ると、お
菓子屋の
看板の
上にとまっている
天使が、ひとりで、あらしの
中に
遊んでいたのでした。
「
君は、いつも
真夜中になると、
人の
知らない
間に
空を
飛んで、
星の
世界へいったり、また
林の
中へはいったりして
遊んでいるのだろう……。」と、
少年はたずねました。
天使は、はずかしそうな
顔をして
笑っています。
「
今日は、
空がよく
晴れて、それに
風が
寒いから、つい
天国が
恋しくなって、
飛んでいました。」と、
天使は、
答えました。
少年は、あちらの
青い
空が、ただなんということなしに
慕わしくなりました。それに、
海の
方へといってみたくなりました。
「
僕をつれていってくれないか?」と、
天使に
向かって
頼みました。
小さな
天使は、しばらく
考えていましたが、
魔術で、
少年を
小さく
小さくしてしまいました。
「さあ、しっかりと
私の
脊中にお
負さりなさい。」と、
天使はいいました。
少年は、
天使の
白い
脊中にしっかりと
抱きつきました。いつしか、
青い
空と
白い
雲の
間を
縫うようにして、
飛んでいたのであります。
目の
下には、
海が、
悲壮な
歌をうたって、はてしもなく、うねりうねりつづいていました。
風は、
吹いて、
吹いていました。
少年を
乗せた、
天使は、
北へ、
北へと
旅をつづけたのであります。
そのうちに、
紅い
潮の
中から、一つの
美しい
島が
産まれました。
天使は、その
島の
空を
飛びまわりました。
見下ろすと、そこには、
真っ
白な
大理石の
建物が、
平地にも、
丘の
上にもありました。その
有り
様は、
見たばかりでも
神々しさを
覚えたのでした。どんな
人がこの
島の
中に
住んでいるだろうか?
少年は、もし
美しい
人たちで、
自分を
愛してくれるような、やさしい
人々であったら、
自分はこの
島に
住みたいと
思いました。しかし、その
島は、こんなふうに
神々しかったけれど、しんとして
音ひとつしなければ、また
煙の
上っているところもありませんでした。
地の
上に、
赤いところや、
白いところの
見えるのは、
花が
咲いているのだと
思われました。そのうちに、
下の
道を
白い
衣服をまとった
人々が、
脇見もせずに
歩いていくのが
見えました。その
人々は、
尼さんが
会堂へゆくときのように、
笑いもしなければ、
話もしませんでした。これを
見ると、
体じゅうに
寒けを
催しましたので、この
島へ
降りてみようとは
思わなくなりました。
「あんまり
遅くなると、みんなが
心配するから、もう、かえりたい。」と、
少年は
天使にいいました。
小さな、
美しい
翼を
持った
天使は、たそがれ
方の
空を
矢のように、
速やかに
飛んで、ふたたびなつかしい、わが
家の
見える
野原の
方へと
飛んできました。
「さあ、ここですよ。」といって、
天使がおろしてくれたので、ほっとして
少年は、
目を
開きました。
すると、
自分のまくらもとには、
心配そうな
顔つきをした
医者と、
青い
顔をしたお
母さんと、
妹と、お
父さんたちがすわって、
自分の
顔を
見つめていたのでした。
少年は、どうしたことかと
思って、
不思議でならなかったのです。
それから、
数日たちました。
少年の
病気は、いいほうに
向かいました。
医者は、
眉を
開いて
笑いました。
母親の
顔にもはなやかな
笑いが
浮かびました。
あいかわらず、あらしは、
窓の
外に
吹いて、
雪すらおりおり、
風にまじって
落ちてきました。けれど、そんなに
深くは
積もりませんでした。そのうちに、
少年の
病気はまったくよくなって、
元気よく
学校へ
通うことができるようになったのであります。
ある
日、
少年は、
菓子屋の
前を
通りかかって、
天使は、どうしたろうと
思って、
仰いでみますと、そこにはありませんでした。
驚いて
友だちに
聞いてみますと、いつかの
大きなあらしのとき、
落ちて
壊れてしまったといいました。
少年は、すこしいくと、
道のはたに
天使の
翼のかけらが
落ちていたのを
見つけました。
少年は、
天使が、いよいよ
大空に
上ってしまったのだろうと
思いました。それから、つぎの
休み
日に
凍った
雪の
上を
渡っていくと、
林の
中に
赤い
帽子が一つ
落ちていたのであります。
――一九二五・一〇――