中
「きょう、
勇ちゃんはびんどを
持って
川へえびを
取りにいくといったが、
僕もいっしょにゆこうかな。けれど、だいぶ
空が
暗くなって、
雨が
降りそうだ。」
光一は、
学校の
帰りに
考えながら、
原っぱを
歩いてきました。
空を
見ていた
目を
地面へ
移すと、なんだろう?
黒光りのする、とげとげしたものが、ゆく
先の
草の
上に
落ちているのでした。
「
虫かしらん?」
光一は、すぐに、それが
生きもののように
感じました。なんだか
気味の
悪いものです。しかし
動きません。
用心深く、
目をこらして
近づくと、
長い
足があって、二つの
目が
光っています。かぶとむしではない、むかででもない、えびのようであるが……まだ
見たことのない
虫としか
思われませんでした。
「なんだろうな?」と、
彼は、もっと
近づいてよく
見ると、
長いひげがあって、それはまちがいなく、えびでありました。
「えびだ、
大きなえびだ!」
不思議でたまりません。こんな
草の
上に
落ちているのに、いま
水の
中から、はね
出したばかりのように、
黒色の
甲らがぬれているなどであります。
彼は、ちょっと、それを
拾い
上げるのにためらいました。が、えびであることがわかると、しぜんに
勇気が
出て、
手に
取り
上げたのです。
なるほど、
勇ちゃんのいったように、
長い
足と
平たい
足とがあって、どこも
傷がついていませんでした。
水の
中へ
入れたら、
生き
返るかもしれぬと、
光一は
思ったので、なるべく
強く
握らないようにして、
急いだのでありました。
「どうして、こんなところに、えびがあったんだろうな。」
考えれば、
考えるほど、
不思議でなりませんでした。それから、このえびをどうしたらいいかということにも
迷ったのでした。
家へ
帰って、すぐ
水に
入れてみよう、そして、
生きたら
飼っておこう、もし
生き
返らなかったら、そうだ、
標本にしようか?
だが、もっと
気にかかるのは、
悪い
病気のはやる
時分に、こんなものを
拾って
帰ると、きっとお
父さんもお
母さんも、やかましくいって、しかることでした。だから、
家の
人たちの
目につかないところに
置かなければならない。
光一は、
頭に、いろんなことを
考えながら、
原っぱの
真ん
中に、
立ち
止まって、えびを
鼻先へぶらさげて
匂いをかいでみました。まだ、
海を
泳いでいた
時分の、
磯の
香が
残っていました。
「きっと、
生き
返るかもしれない。」
彼は、かばんから、
半紙を
出して、えびを
包みました。そして、
急ぎました。
家へ
着くと、
洗面器に
塩水を
造って、
入れてみたのです。けれど、やはり、えびは
動きませんでした。
彼は、ともかく、この、えびを
勇ちゃんに
見せようと
思って、また
紙に
包んで、
生け
垣の
間へ
隠しました。
「
茶だなの
上に、おやつがありますよ。」と、お
母さんが、おっしゃいました。
光一は、おやつも
食べないで、
外へ
飛び
出したのであります。
「
勇ちゃんが
見たら、びっくりするだろうな。」と、
歩きながら、ときどき、えびを
紙から
出してながめていました。
指先でつまんで、これが、
水の
中にいる
時分の
姿を
想像して、
空中を
泳がしてみました。
お
宮の
前までくると、ワン、ワンとけたたましい
犬のほえ
声がしました。
境内をのぞくと、
昨日、かぶとむしをさがした、かしわの
木の
下で、ペスが、しきりに
地面を
掘るように、つめで、かいて、
騒いでいるのでした。
「ペスや、なにしているんだい?」
光一は、さっそく、
犬のそばへいってみました。へびでも
見つけたのかと
思ったのが、そうでなく
小さな
穴に
向かってほえているのでした。
「なあんだ。」といっていると、
黒いものが
穴の
中から
頭を
出したようです。
「おや、なにか
見えたぞ。」
光一は、
棒切れをきがして、
穴をつついてみました。
奥の
方に、
小さなしかの
角の
形をしたものが、ちょっと
見えています。
「やあ、かぶとの
子だ。こんなところに、かぶとむしの
穴があるとは
思わなかったなあ。ペス、おまえはおりこうだね。」と、
光一は、
喜んでペスの
頭をなでてやりました。そして、えびをあちらの
木の
根のところへ
置いてきて、いっしょうけんめいに、その
穴の
中からかぶとむしを
掘り
出すのに、
夢中になっていました。
やっと一ぴき
捕まえると、まだいるだろうと、
光一は、
顔を
赤くして、
顔に
汗を
流しながら、
穴を
掘り
返していました。また、あちらで、「ワン、ワン。」と、ペスが、ほえました。
顔を
上げると、
驚いたのです。ペスは、えびをくわえて、二、三
度頭を
振ったが、そのまま、あちらへ
駆け
出していきました。
「ペス! それは、
大事なんだよ。」といって、
光一は、
後を
追いかけたけれど、だめでした。もう、
姿は
見えなくなってしまいました。
学校の
運動場で、
遊んでいるとき、
勇吉がそばへきましたから、
「
勇ちゃん、
川へ
魚を
捕りにいったの。」と、
光一は、ききました。
「
雷が
鳴り
出したろう、
雨が
降るといけないからいかなかった。それで、
晩に
縁日へいって、
金めだかを
買ってきたのさ。」
「あのびんに
入れた?」
「
入れたよ、こんど
川へいって、
藻を
取ってくるのだ。」
光一は、えびを
拾った
話をしました。
「えっ、あの
原っぱでかい。」と、
勇吉は、さも
信じられないというような、
顔つきをしたのです。
「うそでない、
草の
上に
落ちていたんだよ。」
光一は、それ
以上、ほんとうだと
信じさせるようにいえないことを、
至極残念に
思いました。
「
魚屋さんかしらん。しかし、あんな
原っぱを
通るはずがないだろう。また、ねこがさらってきたなら、
食べてしまうし。そのえびは、どっか、
傷がついていたかい。」と、
勇吉が、ききました。
「一
本も
足がとれていなかった。まだ
生きているように、
黒光りがしていた。」
「そして、
足が、
動いていた?」
「じっとしていた。
僕、
家へ
帰って、すぐに
塩水に
入れてみたけれど、
死んでいたよ。」と、
光一は、いいました。
「そいつは、おかしいね。それで、そのえびどうしたの。」と、
勇吉は、そんなこと、あり
得ないことだといわぬばかりに、
問いました。
「
僕、
勇ちゃんに、
見せようと
思って、
持っていったのだよ。
途中で、かぶとむしを
見つけたので、つかまえていると、ペスがくわえて、
逃げてしまったんだ。」と、
光一は、
考えても
残念そうに、
答えました。
「なあんだ――。」と、
勇吉は、
両手を
頭の
上にのせて、しばらく
考えていたが、
「ああ、
光ちゃん、わかった。
君は、
夢を
見たんだ! きっと、
光ちゃんは、
夢を
見て、それをほんとうにあったことと
思っているんだ。
第一、
海にいるえびが、
原っぱへくるわけがないさ。それでなければ、お
化けだ!」
勇吉は、
太陽がきらきらする、
森の
方を
見上げて、
笑いました。
白い
雲が、
帆のように、
青い
空を
走っていきました。
「えっ、お
化け? なんでお
化けであるもんか……。」と、
光一は、
力んで、いいはったが、
自分ながら、
昨日のことを
考えると、まったく
夢のような
気がしてならなかったのです。