三
それから、まもない、ある
日のことでした。
酔っぱらいの
紳士が、
人形屋の
店さきへはいってきて、いろいろの
人形を
出させて
見ていましたが、どれも
気にいりませんでした。そのうち、
踊っている
人形に
目をつけると、さっそく、
手に
取りあげて、「これがいい。」といって、
金を
払い、
例のごとく
箱にいれてもらって
持ってゆきました。その
晩、
街燈は、
店さきを
照らして、びっくりしました。
踊っている
人形の
姿が
見えなかったからです。
「とうとうあのお
人形さんも、どこかへいってしまった。」と、
街燈は、ひとりごとをしました。
酔っぱらいの
紳士に、つれられていった
人形は、
気が
気でなかった。
自分は、どんなところへつれられてゆくのだろう? こう、
暗い
箱の
中で
考えていました。
紳士は、
電車に
乗ると、うとうと
居眠りをしました。そして、ふと
気がつくと、
乗り
越していましたので、びっくりして
飛び
降りました。
家へ
帰るまで、
人形をどこかへ
忘れてきたことに
気づかなかったのであります。
不幸な、この
人形は、それからいろいろのめにあいましたが、その
年の
夏の
末の
時分に、ほかの
古道具などといっしょに、
露店にさらされていました。
「おちぶれても
踊っているなんて、のんきなものですね。」と、こちらのすみで、すずりと
筆立てが、あちらの
人形を
見て
冷笑していました。
しかし、
露店の
主人は、
人形を
大事にしました。
車に
乗せて、はこぶ
時分にも、
手や、
足をいためはしないかと
新聞紙で
巻いて、できるだけの
注意をしたのです。
「
美しいものは、ちがったものだ。」と、ほかの
古道具たちは、
自分らが、そのようにかわいがられないので、
不平をもらしたものもあります。しかし、
人形は、
昔のことを
思い
出すたびに、お
友だちは、いまごろは、それぞれおちついて、
平和に
暮らしているであろう。
自分ばかりは、いまだに
身の
上が
定まらぬのを
悲しく
思いました。ある
日のことです。いつものごとく、
露店にならべられると、かたわらに、
新しくどこからか
売られてきた、
電気スタンドがありました。
「
私は、
今日、ここへお
仲間入りにきたのですが、あなたと
姉妹のように
似ているお
人形さんといままで、一つの
家で
暮らしていましたよ。」と、スタンドはつくづく、
踊っている
人形を
見ながらいいました。
「どんなようすの
人形ですか?」と、つい
踊っている
人形は、スタンドの
話に、つりこまれて
答えたのでした。なぜなら、
自分の
知りたいと
思っている
友の
身の
上のような
気がしたからです。
「ちょうど、あなたと
同じくらいの
脊をして、すらりとすまして
立っているお
人形でした。」
「それなら、わたしと
仲のいいお
友だちですよ。わたしは、どれほど、その
方の
身の
上を
知りたいと
思いましたか。どうか、わたしに、くわしくお
話を
聞かしてくださいませんか。」と
頼みました。
電気スタンドは、つぎのように
物語ったのであります。
「いままで、
私がいた
家のお
嬢さんが、ある
日、
街から、
美しい、
立ち
姿のお
人形を
買って
帰りました。すると、
家じゅうの
人たちは、まあ、きれいなお
人形だといって、たなの
上へ
飾りました。そして、それまで、たなの
上に
載せてあった、
古いつぼや、また
汚れたおもちゃなどは、
新しくきたお
人形に、
蹴落とされたように、たなから
取りのぞかれてしまって、
立ち
姿の
美しいお
人形だけが、ひとり、そこを
占領したのであります。すると、いままで、たなの
上にあった、つぼや、おもちゃは、
不平をいいました。あのお
人形がきたばっかりに、
私たちは、たなの
上からおろされて、
箱の
中へおしこめられてしまった。ほんとうに、にくいお
人形だといったのでした。
耳のとれた、
馬のおもちゃは、
口の
欠けたつぼに、そう
不平をいうものでありません、いつか、あのお
人形も
私たちのようになるときがありますよ、といってなぐさめたのでした。それは、まったくお
馬のいったとおりでした。ある
朝、お
嬢さんは、そうじをしようとして、はたきで、あやまってお
人形を
落としました。そのはずみに、お
人形の
片手がもげてしまった。お
嬢さんはびっくりして、さっそく、のりで、とれた
手をつけました。けれどどうしても
傷跡はとれませんでした。このお
人形が、こうして
不具になると、
箱の
中へいれられた、
口の
欠けたつぼや、
耳のとれたお
馬や、ほかのおもちゃたちは、また
取り
出されて、たなの
上へ
並べられたのでした。それは、もはやひとり、このお
人形だけが
完全だとは、いわれなかったからです。それで、いまは、お
人形もほかのおもちゃたちも、
平等のもてなしを
受けて、みんなは、
仲よく、
平和に
暮らしています……。」と、
話したのであります。
踊っている
人形は、こうして、
二人の
友だちの
消息を
知ることができました。一つは、
外国へゆき、一つはお
嬢さんの
家に、
暮らしていることがわかった。けれど、
自分の
消息は、どうしたら、あのふたりの
人形に
知らせることができましょう?
「もし、お
友だちは、わたしが、まだこうして、
街の
露店にさらされていると
知ったら、
不幸な
方だといって、あわれんでくださるにちがいない。」と、
踊っている
人形はいいました。
「いえ、そうでありません。きっと、ふたりのお
友だちは、いまごろは、
怠屈して、この
明るい
華やかな
街をもう一
度見たいと
思っていなさるでしょう。そして、あなたの
身の
上をうらやましがっていなさるにちがいありません。」と、
電気スタンドは、いいました。なぜなら、ひとのことというものは、なんでもよく
見えるものですから……。
毎晩、
大空に
照らす
月だけは、みんなの
運命を
知っていました。そして、ある
晩であったが、あの
街燈にも、
踊っている
人形のことを
話したのです。