二
片隅の埃に
塗れた棚の上に、白い色の
土器が乗っていた。いつそこに置かれたのか分らない。土器は、沈黙して、「
時」の流れから外に置かれたことを語っていた。気の抜けたような白色が、前の世の、人間が用いていた匂いがする。
女の、
頭髪が、赤茶けて見える、女は、東の方の破れた障子に向いて仕事をしている。
「今晩は。」……と力ない、頼むような声がした。
女は、前の仕事を押しのけて、熱心に耳を傾けた。壁の方を見て茫然とした。壁の一面は黄いろく、二面は灰色に塗ってあった。
女は、立って破れた障子を開けた。黒い幕を張り詰めて、金紙の花を附けたように、数えるほどの星が出ている。暗い森には風すらなかった。
「今晩は、私を泊めて下さい。」
と、一人の男が、女の前に立った。
赤い爛れた眼のような
火影が、女の薄紫色の厚い唇と、男の毛虫のような太い眉毛の上に泳ぎ付いた。
女は、また東を向いて仕事をしていた。三方の黄と灰色の壁が、見慣れぬ男が入ったので、茫然とした視力を見張った。ランプは、
一層声を高く、ジ、ジーといって油の尽きるのを急ぐようだ。そうなれば、夜が明ける。今まで、変りのなかった家に、今夜、始めて変りのないようにと火影が、幾度か
瞬いた。ひとり、白い土器ばかりは、いつそこに置かれたかということを自分ながら、永遠の問題として考えている。
その他、家に、森に、何の変動もなかった。やはり、暁の光りは、心地よげに破れた障子の穴をくぐって来た。森の頂きは、美しく紅く
染った。